2022年12月23日付朝日新聞デジタル
「暴力がない、地域に開かれた学校へ」 事件から10年、桜宮高校は
大阪市立(現・大阪府立)桜宮高校のバスケットボール部主将だった男子生徒が、顧問から暴力を受けて自殺した事件から23日で10年が経つ。暴力をなくすことと「地域に開かれた学校」を掲げてきた同校のいまを取材した。(宮崎亮)
全校生徒約840人のうち4割が人間スポーツ科学科に属する桜宮高校。各運動部は全国・近畿大会での実績を重ねてきた。
事件は2012年に発生。顧問が体罰をした背景について、大阪市教育委員会は「生徒に対する暴力を指導の一環と位置づけ、指導方法として効果的だとの考え」を持っていたと指摘した。
事件後、同校では体罰の再発防止と、生徒の主体性を重視した改革を学校全体で進めてきた。
全教職員が怒りの感情を抑える「アンガーマネジメント」などの研修を毎年受講。全部活動の顧問と管理職は定期的に会議を開き、現状や在り方を話し合っている。
主将らが集って望ましいリーダー像を考える研修会も開催。全校生徒が命の大切さを伝える講義を受けている。
さらに、「地域に開かれた学校」を意識した取り組みを続けてきた。
生徒は府内全域から入学しているため、小中学校と比べて地元とのつながりが薄くなり、校内の様子がわかりにくいとの指摘があったためだ。
今月中旬の土曜日の朝。同校の地元・大阪市都島区の公園沿いの川で、ボート部員らが中学生2人を指導していた。ボート部は男女とも、5人乗りで来春の全国大会出場を決めている。
中1の男子生徒(13)は桜宮高3年の菅起人(すがたつと)さん(17)と2人乗りボートに乗った。菅さんの助言を受けながら往復2キロ余りをこぎきり、「すごくわかりやすく教えてもらいました」と笑顔を見せた。
生徒がボートに乗るのは、この日が5回目。都島区の五つの市立中学校の生徒が参加するスポーツ体験会「桜宮スポーツクラブ」の活動だ。休日の部活動を地域に移行する実践研究の一環で、昨秋から大阪市教育委員会が始めた。設備が充実し、地域交流に力を入れる同高が協力することになった。
バスケットボール、サッカー、バレーボール、陸上、ボートの5種目から選び、桜宮高の顧問と生徒の指導を受けられる。1人が複数種目を体験することもでき、今年度は延べ約400人の中学生が参加した。
「自分の頭で考え、助け合うこと大事に
高校生にとっても、得るものは少なくない。2年の岩永歩(あみ)さん(17)は、
初心者の中学生にこぎ方を教える際、いかにわかりやすい言葉で説明するかを工夫する。
「教えながら自分自身が『あ、先生が言ってたのはこういうことだったんだ』と気づく
こともある。その後の自分たちの練習でも、フォームの基本をより意識できます」と話す。
地域交流では毎秋、住民を招いたフェスティバルを開催している。13年から始めた
「大運動会」が形を変えたものだ。生徒が様々な催しを用意して共に楽しんでいる。
今月中旬、赴任5年目の森口愛太郎校長(60)に、桜宮高校の「いま」について聞いた。
いまもどこかの学校で体罰が起きると、ニュースでは必ずと言っていいほど「2012年に桜宮高校では……」と報じられる。実際に起きたことですし、学校として受けとめなければいけません。
体罰の報道があるたび毎年、「桜宮、いま大丈夫やろな。変わったんやろな」という電話がかかってくる。相手は名乗らない方ばかりですが、校長室で受話器を取り、「大丈夫です。
生徒たちは頑張っています」と伝えています。
スポーツ指導で知られる高校ですが、「勝てばよい」という考えで指導はしていません。
生徒が自分の頭で考え、コミュニケーションを取りながら互いを助け合うことを大事にしています。
ある日の朝礼では「人間は社会に出たら一人では絶対に生きていかれへん。自分の思いを伝え、相手の思いをしっかり聞いてほしい。コロナ禍で『しゃべるな』と言われるけど、私はやっぱり君たちにしゃべってほしい」と伝えました。
生徒や教職員が入れ替わっても、学校として絶対に風化させてはいけないと思います。
新しく赴任した教員には必ず、何年経ってもご遺族がおられるということを日頃から意識するよう伝え、「事実があったことを受けとめ、生徒指導にあたってほしい」と伝えています。
事件があって、桜宮がいかに変わったのか。学校を訪れた人にそれを感じ取ってもらえるように、これからも取り組んでいきます。
桜宮高校の暴力事件
2012年12月23日、バスケットボール部の主将だった2年生の男子生徒が自殺した。生徒に繰り返した暴力が自殺の大きな要因になったとして顧問は懲戒免職となり、13年9月に傷害と暴行の罪で懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受けた。同12月、両親ら遺族は大阪市を相手取り提訴。東京地裁は16年2月、約7500万円の損害賠償を市に命じる判決を出した。