2022年12月22日付朝日新聞デジタル
今日もみんなが殴られた、語った息子はもういない だから母は訴える
「将来、子どもを指導するかもしれない学生のみなさんに、一人の高校生に起こったことを聞いていただきたいと思います」
日本体育大学世田谷キャンパスで16日にあった「学校・部活動における重大事故・事件から学ぶ研修会」。講演をしたのは、鹿児島県に住む山田優美子さん。
優美子さんの息子・恭平さんは、2011年6月、自ら命を絶った。愛知県立高校の野球部員だった。高校2年生、16歳だった。
高1の夏休みごろから「ちょっと嫌だ。すぐ殴る」と、副部長についてもらすようになったこと。
泣きそうな顔で帰宅し、「きょうもみんなが殴られた。一人は倒れたところに蹴りが入った」と語ったこと。
将来、保健体育教員を目指したり、スポーツ界や教育界に進んだりする可能性が高い学生たちに、40分にわたって訴えた。
「みなさんの一挙手一投足が、子どもに与える影響を知っておいてほしいです」
恭平さんが自殺するまでに何があったのか。
経緯を調べた県の第三者調査委員会は14年2月、最終報告書を公表した。以下の出来事が記録されている。
11年5月下旬、副部長の教諭は、校内でトランプをしていた野球部員5人に、平手打ちをしたり、蹴ったりした。恭平さんはそれを目の当たりにしていた。
恭平さんは、このときは直接暴力を受けなかった。だが、報告書は「自分の周辺で体罰を見聞きし、そのことで心を痛めていた」と認定。「体罰自体の存在に悩む者がいる。それゆえに体罰は禁止しなければならない」とした。
父母間の暴力を見聞きすることも虐待の一種とみなす「DVウィットネス」の考え方をふまえ、「本人が体罰を受けていないから無関係という短絡的判断はやめたほうがよい。身近に体罰があることに影響を受ける子があることも含めて、体罰をなくしていく重要性を認識しなければならない」などと指摘した。
恭平さんが亡くなった直後から、優美子さんは野球部副部長の体罰やパワーハラスメントが自殺の原因と考えていた。
「私が知る限り、野球部以外の悩みをあの子は抱えていませんでした」
部員6人の証言
学校は直後の初期調査で、「生徒が直接体罰を受けたことがなかった」として、体罰と自殺の原因とは無関係と即断した。
だが、優美子さんによると、同級生部員6人が、副部長の体罰についてこんな証言を残している。
自殺の約1カ月後のことだ。
「正座でバットでつつかれ、ボール投げられ……」
「エスカレートしてきた。最終的にはみんな蹴られる。マジで半端ねえ、あいつ」
「左から順番にはたかれて……」
こうした証言を頼りに、優美子さんは第三者委に「野球部内で何があったのか。全容を知りたい」と、全同級生約300人と野球部の1~3年生約90人への聞き取り調査を求めた。
しかし、第三者委が文書で依頼した生徒63人のうち、聞き取りに応じたのは7人。そのうち野球部員は1人だった。
聞き取りが難航したことについて、第三者委員長だった故・加藤幸雄氏(日本福祉大名誉教授)は「話しにくくなったり、話したくないと思ったりしたのではないか」と当時の取材に語っている。
報告書には次のような考察もある。
「体罰については、多様な考え方が存在する。体罰によって鍛えられるのであれば体罰を辞さないといった積極的支持さえある。野球部にもそういう空気があった」
優美子さんによると、恭平さんが亡くなった5カ月後の11月、保護者数人が弔問に訪れ、こんな会話を交わした。
「野球部っていうのは、殴る蹴るは当たり前の世界なんですよ」
恭平さんは、幼いころから暴力や大きな声を出す大人が嫌いだった。だから優美子さんは聞き返した。
「じゃあ、弱いやつは死ねっていうことなんですね」
保護者は続けた。
「殴られて甲子園に行けるなら、いくらでも殴ってくださいって言いますよね」
その言葉を思い出すと、優美子さんはいまでも怖くなる。
大阪市立(現・大阪府立)桜宮高校のバスケ部主将が元顧問の暴力を受け自殺した問題では、元顧問への寛大な処分を求める内容の嘆願書が他の保護者から出された。
優美子さんはいま、教員の不適切な指導などで子どもを亡くした親たちでつくる「学校事故・事件を語る会」と「指導死親の会」のメンバーとして、体験を伝えている。
「殴られるのは自分たちが悪いせいだと思わされるスポーツ文化なんて間違っている」(小若理恵、中小路徹)