2022年12月22日付朝日新聞デジタル
「部活は子どものため」当たり前に 桜宮高暴力事件10年、被害者の両親は
大阪市立(現在は府立)桜宮高校バスケ部の主将だった男子生徒(当時17)が、当時46歳だった顧問の暴力を苦に自殺してから10年。両親は、息子が残した教訓を学校現場で生かしてほしいと願う。
「僕は今、キャプテンとして部活に取り組んでいます」
そんな書き出しで息子がルーズリーフにつづった文章を読むたび、母親(54)は胸が締め付けられる。
10年前の12月19日に顧問に向けて書いた手紙だった。
「なぜ翌日に僕だけがあんなにシバき回されなければならないのですか?」「僕は問題起こしましたか。
キャプテンをしばけば解決すると思っているのですか」
手紙は部員に止められ、渡さずじまいだった。
手紙を書いた3日後。顧問は「プレーが意に沿わない」と大勢の選手がいるコートで延々と息子の顔を殴った。
「30、40発たたかれた」。息子は帰ってくると、母親にそう言った。
母親はその夜、息子の部屋のドア越しから机にルーズリーフが置かれているのを見た。「冬休みに入るこのタイミングで勉強しているなんておかしいな」。違和感を持ったが、「はよ寝なさいね」と声をかけただけだった。翌日の12月23日、息子は自殺した。
後に、あのとき、机に置かれていたルーズリーフは家族にあてた「遺書」だったことがわかった。
「どうしたら救えたのか。いまもそんなことを考えてしまうんです」
10年が経ち、その遺書に抱く思いがより強くなった。きちょうめんに、行間びっしりにつづられた文字、家族への感謝と思い出について理路整然と書かれた文章、文面の中にあった「覚悟」という言葉……。
「17歳だった息子に死を覚悟させるなんて。部活動っていったい何なんでしょうか」
顧問だった元教諭は、自殺の前日に息子を十数回たたき、口を切る約3週間のけがを負わせるなどしたとして、2013年9月に傷害罪などで有罪判決を受けた。体罰が自殺の一因になったとも指摘した。
当時、学校での教員の暴力が公判廷で裁かれたのは異例だった。刑事裁判で、顧問は「主将として精神的、
技術的に向上してほしかった」「今は間違った行為だったと思う」などと述べた。
父親(53)が裁判を通じて感じたのは、部活が子どもへの視点に乏しいということだ。顧問の地位を守り、名誉を得るための場になっていたのではないか、という疑問ももった。「部活がいかに大人のための『特殊な場所』になっていたかを思い知りました」
今なお、学校の部活動では、顧問らによる子どもへの暴力が後を絶たない。父親は「いっそのこと、部活動を廃止するくらいでないと暴力や暴言はなくならないのではないか、とさえ思う」と語る。
仏壇のそばには息子が使っていたバスケットボールが置かれ、壁には笑顔でほほえむ息子の写真が何枚も飾られている。息子が家族に書き残した遺書と、顧問にあてた手紙を「息子が理不尽と真っ向から向き合った証しだ」と感じている。
「決して暴力的な指導はしてはならない。部活動は子どものためのもの。そんな当たり前のことが当たり前になってほしい」(長野佑介)
■「体罰禁止」通知、根絶難しく 文科省
文部科学省はこの10年、体罰の実態把握や再発防止に力を入れてきた。
13年1月、体罰の実態について綿密な全国調査を初めて実施。国公立・私立の小中高校などを対象に、児童・生徒、保護者にアンケートもした。12年度に体罰や暴力を受けた児童・生徒は1万4208人だった。
13年度も9256人だったが、文科省が同年3月、体罰の禁止を明記した通知を全国に出したことなどで、翌14年度は1990人と大きく減った。20年度は871人となっている。
各地の教育委員会が把握する体罰の件数は13年度に4175件。部活動中の体罰は29・7%だった。
20年度は485件で、部活動中は19・2%だった。
18年にスポーツ庁が出した運動部活動に関するガイドラインでは、体罰だけでなく、生徒の尊厳を否定する発言も禁じた。
それでも体罰は根絶されなかった。遺族からの要望も後押しし、文科省は今年、教職員向けの「生徒指導提要」を12年ぶりに改訂。部活動における「不適切指導の例」も新たに例示した。「大声で怒鳴る」「指導後に教室に一人にする」など7項目を具体的に記している。(宮崎亮)