2022年12月2 日西日本新聞
なぜわが子が…母の苦闘3年半 熊本中1自殺、教諭の処分2日公表
2019年春に熊本市立中1年の男子生徒が自殺した問題で、市教育委員会は2日、男子生徒を含む複数の児童に対し不適切な指導を重ねていた、小学6年時の担任教諭の懲戒処分を公表する。生徒の母親が西日本新聞の取材に応じ、突然の別れに打ちひしがれた日々や、真実を知りたい一心で声を上げ続けた3年半を語った。
中学に入って間もない19年4月18日の夜だった。
少し前に「夕食後に話そうか」と台所でやりとりした息子が、自宅マンションから落ちた。
一体、何が起こったのか。事態をよくのみ込めないまま、息子を乗せてスピードを上げる救急車を車で追った。病院に着いてからの記憶はおぼろげだ。駆け付けた中学校の校長らと、簡単な会話をしたように思う。どんな中身だったろう。息子を見送った後は毎日泣いていたと、母親は言う。
誰にでも優しく、正義感のある子。
5歳の頃だったか。保育園に迎えに行き、自宅の鍵をかけ忘れて出てきたことを伝えると、「僕が先に行って見てくるよ。誰かいたら『こんにちは』って言うね」。無邪気な反応はほほ笑ましく、たくましさも感じた。大きくなり、小学6年の授業参観では「人の役に立つような、医療機器などのロボット開発者になりたい」と将来の夢をはっきり口にした。家では、プログラミングを学ぶんだとも。それなのに-。
自死から約1年後の20年3月。母親は、熊本市教委が生徒や教職員から聞き取った内容をまとめた「基本調査報告書」を受け取った。
息子のことを「勉強もできる良い子」「担任ともうまくやっているように思った」…。文面からは、なぜ、の答えが浮かび上がってこない。到底得心がいかず、市に第三者委員会による再調査を訴えた。
第三者委では、息子の様子に異変を感じ始めた経過を伝え、成長の記録も資料にして提出した。
心身の奥に疲れがどっと押し寄せ、離れないこともあった。それでも「もし生きていたら、『最後まで闘って』と思ったはず」と自分を奮い立たせた。
今年10月に示された第三者委の調査報告書。重症化した抑うつ状態が自殺の一因とし、小学6年時の担任教諭の不適切な指導が「発症に影響した可能性が高い」とあった。教諭は日常的に暴言を吐くなどし、息子はストレスから睡眠障害や食欲低下に追い込まれていた。
さらに、市教委は11月17日、この教諭が18年までの5年間に、複数の児童に計42件の不適切な言動を取っていたと認定、勤務を停止させた。大西一史市長は「教壇に立たせない判断はもっと早くやるべきだった。命を落とす前に、いろんなことができたのではないか」と述べた。
2日の教諭の懲戒処分は、きちんと息子の遺影に報告する。納得できる内容を望む。少しでも魂が穏やかになってほしい。
母親は、教諭が息子に謝罪に来るよう、市教委に申し入れている。「息子は顔も見たくないかもしれない。それでも教諭が心から謝りたいと考えるなら、受け入れると思うんです」(小笠原麻結)