令和元年

10年前、弟が教師の指導中に自殺 司法修習生の兄 学校の事件・事故で「被害者に寄り添える弁護士に」

中尾さん

山口地裁前で思いを語る司法修習生の中尾基哉さん=山口市で2019年5月12日午後3時24分、樋口岳大撮影

埼玉県内の私立高校で教師から指導を受けている途中に飛び降りて命を絶った男子生徒の兄が今、弁護士を目指して山口県で司法修習している。弟を失って29日で10年。「学校が弟を1人にしなければ、命を絶つことはなかった」と苦しみを抱えてきた兄は「学校に関係する事故や事件の被害者に寄り添える弁護士になりたい」と決意を語る。

 司法修習生の兄は、埼玉県加須(かぞ)市出身の中尾基哉さん(30)。1月から9月までの予定で山口県の裁判所や検察庁、弁護士事務所などで実務を学び、早ければ今年末に埼玉で弁護士登録する。

 中尾さんによると、学校側の説明では、2009年5月29日、高校3年だった弟(当時17歳)は、英語の試験中にメモを見ているのを試験監督の教師に見つかった。教師はメモと答案用紙を取り上げて「こんなことをしてはいけない」と言い、弟は試験が終わるまでの約20分間、自席でうつむいていた。

 試験終了後、教師は弟を3階の教室から2階の職員室に連れて行こうとし、2階に下りたところにいた生活指導主任を呼び止めて事情を説明した。主任は弟がかばんを持っていないのを見て取りに行くよう指示。しかし弟は教室へは行かず、最上階の4階の廊下の窓から飛び降りた。

 「強いショックを受けていたはずの弟を、なぜ1人にしたのか」。中尾さんは強い疑問を感じた。高校ではカンニングが見つかると全科目が0点になる。自責の念を抱えた弟が卒業や進学への不安にも襲われて激しく動揺したことは容易に想像できた。ホームルーム中の教室に1人でかばんを取りに行かせず、教師が代わりに取りに行ったり、付き添ったりする配慮をしていれば「生きていたはずだ」と感じた。

 しかし、中尾さんら遺族に学校側から謝罪はなかった。母はふさぎ込み、仕事も近所付き合いもやめた。苦しんでいた時、提訴のために相談した弁護士に救われる思いがした。

 「学校相手の裁判は勝てない」と何人かに断られ、やっと引き受けてくれたのは東京の弁護士だった。中尾さんたちの話を丁寧に聞き、弟が命を絶つまでに感じていたであろう苦しみにも思いを巡らせ、裁判の書面を作ってくれた。「こんなに人を助けられる仕事があるのか」。中尾さんは弁護士を志した。裁判は学校側と和解した。

 幼い時はけんかもしたが、よく家族でキャンプやスキーなどに出かけ、仲のいい兄弟だった。「兄ちゃん、しっかり頑張れよ」。弟が背中を押してくれている気がする。【樋口岳大】

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