2020年11月30日付朝日新聞兵庫版
15年前の小5いじめ再調査へ 「隠蔽止める」父の執念
取材に思いを語った被害者の父親=県内
神戸市立小学校で15年前に当時小学5年の男児が同級生から暴行や金銭の要求を受けたいじめ問題で、神戸市教育委員会が再調査を決め、調査委員会が動き出した。
15年前のいじめの再調査という異例の対応は、父親(57)が市議会に陳情を繰り返してきた結果だ。なぜ父親はこだわるのか。
この問題では、父親らは加害者3人の保護者を相手取って提訴し、神戸地裁と大阪高裁がそれぞれ、金銭要求や暴力行為があったと認め、加害者側に慰謝料の支払いを命じた。
一方、市教委は当時の調査が不十分だったことを理由に、現在まで「いじめの可能性が高いが、断定はできない」との立場を示している。
「陳情が採択されてから調査委設置までにも約1年かかり、ようやく始まったという思い」。今月18日に調査委の初会合が開かれ、父親はそう話した。
神戸地裁の判決によると、いじめは2006年2月、男児が父親の財布から抜き取った1万5千円を同級生に渡すところを父親が目撃して発覚。学校は学年集会で、生徒間で「きもい」など言葉によるいじめや多額の金銭授受があったと説明。校長は市教委に「恐喝1件、いじめ1件」があったと報告していた。
だが裁判で市教委が神戸地裁で提出した回答書に父親は驚いた。「いじめと恐喝があったかなかったかは断定できない」とあったからだ。
回答書には「被害者の保護者の要望で本人に聞き取りができなかった」「被害者が転校し事実確認ができない状態が続いた」などと調査が続けられなかったとする理由が列挙されていた。
だが父親は「担任や生徒指導教諭は何度も自宅まで来て聞き取りをしていた」と話す。
「調査自体を隠蔽しているのでは」。父親はそんな不信感を募らせた。
判決の確定後、父親はいじめや部活動中の事故などの被害者でつくる「全国学校事故・事件を語る会」に入会。他のいじめ被害者の話を聞くうちに、学校や市教委がいじめを隠そうとしたと疑われるケースがあることを知った。
当事者が自殺して語れないことも少なくない。「幸い、息子は生きていて証拠もある。これを突破口にいじめの隠蔽を止めたい」。再調査を求め、11年から市議会に陳情を始めた。
「訴えても無駄か」。諦めかけていたとき、垂水区で16年に自殺した中学3年の女子生徒をめぐり、神戸市教委がいじめ内容を記した調査メモを隠していたことが報道された。
「構造的な問題だ」との思いを強め、市議会への陳情を再開。16回目の陳情が昨年初めて採択された。
父親は「調査してほしいのはいじめではなく隠蔽の有無だ」と言う。「今までやってきたのは他の子どもたちのため。被害者を黙らせることがいじめ解決になっている構造を変えたい」と話す。
市教委の担当者は「当時の担任と教頭が被害者本人から話を聞けたのは1回だけだったと話している上、昨年から被害者本人の思いを聞きたいとお願いしてきたが受け入れてもらえなかった」とする。当時の校長が市教委に提出した報告書については「いじめの疑いがあった時点で出す資料。裁判で主張が一転したわけではない」と話している。(遠藤美波)