2022年12月15日付朝日新聞デジタル

運動部活動での事故、沈静化は「遺族にすれば隠蔽」 再発防ぐ方法は

写真・図版

福岡大の小佐井良太教授=本人提供

学校の運動部活動で、重大な事故が繰り返されている。なぜなのか。再発防止策は、どう見いだせるのか。

 学校事故の実情に詳しい福岡大の小佐井良太教授(法社会学)に聞いた。

 ――再発防止に向けた動きはどうなっているのでしょうか。学校で起きた事故については、日本スポーツ振興センターが死亡見舞金や医療費を支給する災害共済給付制度があり、事故のデータは報告されていますが。

 もともと、この制度は、事故の報告をする際に厳密な検証を義務づけているわけではありません。

 1995年に熊本県の中学校の弓道部で起きた死亡事故を私が調べて論文に書いた際、日本スポーツ振興センターの前身の組織から聞いたのは、「死亡見舞金は、死亡の事実があれば給付する」ということでした。

 給付のために必要な事実を確認する、という質のもので、個別の情報からただちに事故の再発防止につなげられる形のものではありません。

 ――どんな類型の事故が多いのか、分析材料にできないでしょうか。

 柔道部で生徒が死亡したり、重い後遺症が残ったりする事故が多いことを問題視した名古屋大の内田良教授が、給付制度で集められたデータから、柔道の重大事故は新入生に多いことや、大外刈りが危ないといった傾向を分析しました。それは、一件一件の事故についてのわずかな記述を集めて、見えてきたものでした。

 重大事故、軽微な事故を問わず、データを収集・分析して、事故防止に活用しようとする取り組みが、2014年ごろから、文部科学省やスポーツ庁の委託事業として始まっています。

 集められたデータをうまく使い、現場に還元して事故防止に役立てることが必要です。

再発防止へ「働きかけの流れは構築途上」

 ――再発防止そのものを目的に、事故情報を収集する動きはあるのでしょうか。

 文部科学省が2016年に「学校事故対応に関する指針」を出し、学校管理下で子どもが亡くなるなどの重大事故が起こった場合、子どもの保護者からの要望などがあれば、学校設置者などが外部の専門家らによる調査委員会を立ち上げることをルール化しました。

 この制度がスタートして、ようやく6年。今は、それを通じて集まり始めたデータを活用して傾向を分析し、具体的に再発防止へと働きかけていく流れの構築途上にあるとみています。

 ――なぜ、近年までそうした指針がなかったのでしょうか。

 先述した熊本の弓道部で起きた死亡事故は、部員が放った矢がチームメートの頭に刺さった事故でした。過去に似た事故がなかったか、報道などを調べたところ、その3年前に神奈川の中学校弓道部でほぼ同種の死亡事故が起きていました。

 その情報は神奈川県の関係者には知られていましたが、外部には広がっていなかった。弓道競技の学校関係者からは、「不祥事には互いに触れないのがマナーだ」というような話を聞きました。

 事故がどのように起こったかを共有し、洗いざらい検証して再発防止に生かすのではない。「不幸にして起きた事故」として、沈静化させてやり過ごすことに腐心した結果、一つ一つの事故がバラバラに切り離されてきたのが、かつての学校現場での対応だと思います。

事故が関係者にとってショックなのはわかります。ただ、そうやって結局は同じ事故が繰り返されてしまいます。

被害者や遺族からすれば、事故の状況について学校に聞いても十分な説明がなく、教育委員会に開示を求めると黒塗りの資料が出てきたり、一方的なことが書かれていたりする。そっとしておこうという配慮かもしれませんが、遺族からすれば隠蔽です。

そこで、事実を知るための裁判を起こすということが、長らく繰り返されてきました。

全国学校事故・事件を語る会や全国柔道事故被害者の会など、当事者たちが学校事故の再発防止などに向けた要求をしていった中で、少しずつ状況が変わってきてはいますが。

 

「上下関係の硬直性を変えなければ」

――部活動の重大事故で設置される調査委員会に課題はありますか。

調査委員会のメンバー構成や専門性、実際にどのような調査が行われているかについての検証は、20年に文科省が報告書を公表していますが、まだ制度が始まって6年で、十分な検証はなされていません。

スポーツの事故でいえば、委員会のメンバーに教育の専門家や弁護士らに加え、その競技の団体関係者が入ってくる形になるかと思いますが、事故があった時の選手の動きの解析などは、本来はデータ解析などの専門家が入らなければできないことだと思います。

必要な調査を行うための委員の構成を確保できているか、再発防止に資する形になっているのか、不十分ならどう調査能力を高めていくのか、が課題になってくると思います。

――競技団体にできることは。

全日本柔道連盟が努力しているように、各団体が競技に携わるプロの目で事故情報を共有することで、事故の根絶につなげられます。そのためには、「けがをするのが当たり前」「強くなるためにはけがは避けられない」といった意識を変えなければなりません。

安全対策がおろそかな指導者を、それに気づいている後輩の指導者が問いただしていくのが難しいといった上下関係が生む硬直性を変えるところから始めるべきだと思います。(聞き手・中小路徹

〈災害共済給付制度〉学校管理下での事故に起因する死亡や疾病について、見舞金や医療費を給付する日本スポーツ振興センターの制度。死亡事故や障害が残る事故については毎年、統計的な傾向や発生状況が明らかにされるが、簡単な概要にとどまっている。

〈事故被害者の動き〉全国学校事故・事件を語る会は2003年、学校での事故・事件などで子どもを亡くした兵庫県内の4家族が集まって活動していた遺族の会を母体に結成された。柔道では、04年に横浜市立中学校で柔道部員が顧問から何度も投げられて高次脳機能障害が残った事案など重大事故が相次いでいたことから、10年、被害者の家族らが集まり、全国柔道事故被害者の会が結成された。

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