朝日新聞デジタル
平成28年10月4日4:00
いじめ、届かぬSOS 「トラブル」扱い、対策後手に
いじめから子どもたちを救おうと超党派で成立した「いじめ防止対策推進法」。だが、自殺に追い込まれる子どもたちが後を絶たず、法律は見直しのめどとなる施行3年を迎えた。どこに問題があるのか。各地の現場から、見直しに向けた課題を探る。
「LINEで悪口を言われている」「部活動に行きづらい」「仲間とのトラブルがある」――。青森市の中学校に、2年の女子生徒とその保護者から相談が寄せられたのは昨年6月から今夏のことだった。
学校は「一方的にやられているわけではない」などとして「よくある子ども同士のトラブル」ととらえた。今年8月22日。自殺が増えるといわれる夏休み明け直前の職員会議では、不登校や病気の子など十数人の「気になる子ども」の一人としてこの生徒の名前を挙げ、目配りすることを確認した。
24日、2学期が始まり、翌日に生徒は自ら命を絶った。13歳だった。
スマートフォンには「遺書」と題した文章が残され、家族や教員への感謝の言葉とともに、悲痛な訴えがあった。
「噂(うわさ)流したりそれを信じたりいじめてきたやつら」「もう、二度といじめたりしないでください」
学校にとっての「子ども同士のトラブル」は、生徒にとって「いじめ」だった。成田一二三・市教育長が「いじめが濃厚に考えられる」と記者会見で認めたのは、生徒の死から1週間後だった。
「いじめ」とは何か。2013年9月に施行されたいじめ防止対策推進法は、深刻さや継続性にかかわりなく、被害者が苦痛と感じるものすべてをいじめと認定すると定める。いじめを見逃さないためだが、定義の広さをいかせないまま学校が対応し、子どもたちが追い詰められる現実がある。
14年7月に青森県八戸市の県立高2年の女子生徒(当時17)が亡くなった事例がその典型だ。生徒はLINEでの仲間はずれや無視を相談したが、学校側は「友人とのトラブル」と認識。第三者委は報告書で、学校は「いじめに対する感度が低かった」と指摘した。
生徒の父親は言う。「いじめと認めれば、先生たちの認識も変わり、子どもの孤立感や恐怖感を想像して対応できたのではないか」
青森県東北町でも今年8月19日、中学1年の男子生徒(当時12)が「いじめがなければもっと生きていたのに」とのメモを残して自殺した。青森県内では、8月の2件の自殺で第三者委の調査が進んでいる。
もう一つ、いじめが疑われた自殺の多くで明らかになるのは、法が求める教員間の「情報共有」の不十分さだ。朝日新聞の調べでは、法施行後、いじめと自殺の関係を第三者委が調査し終えた12件のうち9件で、情報共有不足が指摘された。
14年9月に中学1年の男子生徒が亡くなった仙台市。学校は当初、生徒らの相談を法に基づく学校の「いじめ防止等対策委員会」で対応し、謝罪の会や集会を開いた。しかし、生徒は「チクッた」と言われ、保護者が再び学校に連絡したが、担任は他の教員らに相談しなかった。9日後、生徒は自殺を図った。
当初は学校組織で対応しながら、「優先するほかの対応がクラス内にいくつかあった」(市教委)といい、担任が生徒側の訴えを抱え込む形になった。トラブルの多い学年で、その年の11月のアンケートで把握したいじめ認知件数は15件。生徒への対応は後回しになった。
第三者委は、生徒を継続的に観察しなかったことや、教員らが「そこまで追い詰められているという認識はなかった」と答えたことなどから、「学校として対応できる態勢になかった」とも言及した。
昨年7月に中学2年の男子生徒(当時13)が自殺した岩手県矢巾(やはば)町では、生徒が担任とやりとりする「生活記録ノート」でいじめの被害を訴えていた。学校側は、学校全体に危機意識が欠け、情報を共有できずに自殺を防げなかったと認めて謝罪した。
■教員には戸惑いや反発も
法の趣旨はなぜ、徹底されていないと指摘されるのか。文部科学省が今年3~6月に約10の自治体で行った教員らへの聞き取りからは戸惑いや反発もうかがえる。
いじめを広くとらえる法律の定義について、「社会通念上のいじめと隔たりが大きい」「何でもいじめになると、子どもは言いたいことも言えない」との声があった。
また、一人の教員の判断で「いじめではない」と決めてしまわぬよう、法が求める組織的な情報共有や対応に対しても「自分で解決できるとの自負があって報告しない担任がいる」。一方で、「自分の指導力のなさを実感し言いにくい」という教員もいた。「すべて報告していたら仕事にならない」「パンクする」。多忙さや人手不足の訴えも多かった。
LINEやツイッターといったインターネット上の悪口など、最近のいじめは表に出にくく、陰湿化、深刻化しているといわれる。ネットパトロールの予算が削られ、「SNSによるいじめについては効果的な対策がない」と嘆く教員もいた。
■いじめ積極認定、法律で成果も
法の運用で課題が見える一方、法を生かし解決を模索する動きもある。
広くなった「いじめの定義」に沿うように学校でのアンケートを工夫し、いじめ発見に成果を上げているのが京都府だ。いじめという言葉を使うと、子どもたちが狭い意味でとらえる可能性があるため、「いやな思いをしたことはありますか?」などと聞く。
そのアンケートを重視して集計に反映させた結果、児童生徒1千人あたりのいじめ認知件数は13、14の両年度で全国最多。「早期発見が解消につながる」と府教委の担当者はみる。
法が問題解決に結びつく例も出てきた。「法がなければ第三者を入れない調査をしていた。教員だけでは事実関係の確認にこだわりすぎて、いじめと認められず前に進めなかったかもしれない」。首都圏のある中学校校長は話す。
この学校では、「子どもがいじめを受けている」という保護者の訴えを機に、法に基づいて弁護士ら第三者を交えた調査委員会を設置。いじめの詳細までは確認できなかったが、いじめられている雰囲気の中で生徒が苦しんでいたとして、いじめを積極的に認定した。その後、生徒は学校に戻った。
校長は「法律は自殺への対処を定めたものと思いこんでいた。でも、教員同士で相談し合うなど、日常の教育現場の中でもっといかすべきだと分かった」と振り返る。これを機に、教員も前より注意深く生徒の様子を見るようになったという。
■学校への支援、求める声も
法を生かしていくために何が必要なのか。
元中学校長でいじめ問題に詳しい嶋崎政男・神田外語大教授は「教員は過去に学び、小さなサインに気づく感性を磨く努力が不足している」と指摘する。ただ、教員の多忙さや保護者との関係の難しさもあり「法律は意義があるが、学校の負担が大きい。学校支援を条文に盛り込み、福祉や医療、司法など専門家が支える態勢を整えるべきだ」と提案する。
法制定のきっかけとなるいじめ自殺があった大津市では13年度、市に「いじめ対策推進室」を設け、新たに臨床心理士などの専門家を雇用。2億数千万円をかけ、55の全小中学校にはいじめ対策に専念する教員も置いた。越直美市長は「学校内外で子どもの声をじっくり聞けるようになった。亡くなった生徒の無念さを忘れず、国も各地の取り組みを予算で支えてほしい」と求める。
98年に高1の娘がいじめで自殺し、10年以上講演活動を続けてきたNPO法人「ジェントルハートプロジェクト」の小森美登里さん(59)は「法律にも問題はあるが、正しい対応ができていれば守れた命がいっぱいある」と教員の対応を重視。教員が子どもの目線に立てていないと感じており、「子どもが『大丈夫です』と言ったとき、もしかしたら死を覚悟した瞬間かもしれない。加害者の子も虐待やいじめを受けていないか。そんな想像を働かせて、背景に寄り添って対応してほしい」と訴える。
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〈いじめの相談窓口〉
●24時間子供SOSダイヤル
0120・0・78310/毎日、いじめなど子どもや保護者のSOS全般に応える。都道府県と政令指定市の教育委員会などの相談機関につながる
●チャイルドライン
0120・99・7777/月~土曜(一部地域は日曜日も)の午後4~9時、18歳以下が対象、通話料無料。NPO法人のチャイルドライン支援センターが運営
●子どもの人権110番
0120・007・110/平日午前8時半~午後5時15分、通話無料
●フリースクール全国ネットワーク
03・5924・0525/平日の午前9時半~午後6時
●NPO法人ユース・ガーディアン
0570・090・112/平日の午前11時~午後7時、専用フォームからメールで相談も。保護者や教員などからの相談も受け付ける。
●NPO法人ジェントルハートプロジェクトは、ホームページ(http://npo-ghp.or.jp/)などで、いじめ問題にかかわる様々な情報を発信。いじめ自殺の遺族や、教育評論家による講演依頼も受け付けている。
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榎本瑞希、中林加南子、水沢健一、菅野雄介、木村司が担当しました。