平成29年11月5日毎日新聞
ブラック部活 NOの声上げ始めた先生たち

ブラック企業1
部活動の現状を巡り、関連本の刊行が相次いでいる=和田大典撮影
ブラック企業2
 学校の部活動を見直す動きが本格化している。生徒の貴重な成長の場である一方、教員の過重労働が指摘されているのだ。年内に発足する「日本部活動学会」に現役教師が参加するなど現場も声を上げ始めた。しかし、その多くは匿名や仮名だ。部活動への異論はなぜ職場で口にしづらいのか。学校現場の同調圧力やその背景を、先生たちの声から読み解くと……。
【小国綾子/統合デジタル取材センター】

意見投稿、活動は匿名や仮名でいま、ツイッター上で「部活未亡人」という言葉が飛び交っている。休日返上で部活動にかかわる教員を夫に持つ妻を指す。「部活孤児」は、そんな教員を親とする子どもたち。果ては「部活離婚」という話も。教員や家族が次々と悲惨な現実を匿名で投稿する。
 部活動見直しの機運は数年前にツイッターで盛り上がり、部活動顧問を引き受けるかどうか選べるようにすべきだ--と署名活動がネット上で広がった。昨年3月に2万人超の署名が文部科学省に届けられた。
 これに触発され、現役教員らが今年4月、部活動を話し合う会を結成した。会員は約70人。中心メンバーで部活動学会
の発起人にも名を連ねる高校教諭「斉藤ひでみ」さん(仮名)は、職場に配慮して本名も性別も明かさずに活動する。
 「リアルな仲間を得て勇気づけられ、職場で行動を起こすメンバーも出てきました」。「斉藤」さんは取材に言うが、壁は厚い。顧問を拒んで「教師を辞めたらどうか」と校長に責されたり、過酷な実態を描いた話題の書「ブラック部活動」を職員室の自席に置いていて「撤去しろ」と注意されたり……。そんなケースも珍しくないという。
 「若手や非常勤講師など発言力の弱い存在に部活動の負担が集中しがちです。特に講師は『来年も仕事があると思うな』
などと暗に言われることもある。自分の時間が持てず、『部活離婚』以前に『部活非婚』もある。結婚し、子供を持てても、忙しすぎて子育てはとても無理」。そう語る「斉藤」さん自身も子を持つのをあきらめた一人だ。
「正直、疲れてしまった」
 生徒にとって部活動は、異学年ともつき合って授業では得られない社会性を身につけ、成長する場となっている。高額の
月謝もなくスポーツや文化活動を楽しめ、家庭の経済事情にもあまり左右されない。でもそれは、教員の大きな負担の上
に成り立っている。
 「斉藤」さんは今年9月、教員有志のグループ「現職審議会」を結成。働き方についてネット上で意見を募ると、数週間で約70件寄せられた。その多くは、部活動や授業準備などで休日が取れない、などと過重労働の実態を訴えていた。
 <就寝は24時過ぎ、土日も半分以上は授業準備です>
 <正直、土日もすべてつぶして仕事をするこの職業に疲れてしまいました。今年度をもって退職しようかどうかという
ところです>
 <部活動をボランティア感覚で行っている人はいません。趣味か、強制か、どちらかです。家庭を顧みないか、犠牲に
しているか、どちらかです>
 <昨年はほぼ土日もなく部活動に参加していました。私自身は、小学生と保育園に通う子どもがいましたが、時には
学校に連れて行き、図書室で過ごさせ、時には家で留守番をさせながら部活動に参加しました。夫も中学校教員で当然、
土日は部活動があるので、我が家の子どもたちは「部活孤児」なのでは、と思ってしまいました>

現場をむしばむ勝利至上主義
 寄せられた声では、部活動を「勝利至上主義」が過熱させている、との指摘も。2年目の高校教員はこう書いた。
 <部活動に関する精神的肉体的疲労は想像以上のものでした。特に、現場にまんえんする勝利至上主義には心から辟易しています。勝利にこだわり過ぎるがゆえ、土日も休ませない無理な部活スケジュールになってしまっているのです。
部活に意義がないとは思いません。しかしこのようなやり方では、誰のための部活なのかもはやわからない状態です>
 土日に大会や試合があることを問題とする声も目立った。
 <土日連続した大会日程を原則禁止とすべきだ>
 <試合の組み方や日程、試合数も見直していき、試合の回数を減らしていくべきだと思います。国が動かないと各学校
レベルではなんとかすることができません>

同調圧力の背景に「聖職」意識
 一方、職場で改善を求める声を上げにくい事情を訴える人も多かった。多くの人が挙げるのが、「聖職」「生徒のため」
という言葉を持ち出されると反論しづらい事情や、「全員顧問制」をめぐる同調圧力の強さだ。
 <教員は『聖職』であり、『生徒のためを思えば』というのも分かります。しかし、それは強制されるものでもないし、限度というものがあります。権利を訴えたり、楽をしたりしようとする者への陰口をたたき、鼻で笑う。現場の教員たちはもはや、自分たちの権利を訴えることに恥ずかしさやいけないことをしているような感覚を覚えるほど>
 また、同調圧力についてはこんな声もあった。
 <「生徒のためにもっと学校に残って部活を見るべきだ」と批判されたりします。「自分たちは夜遅くまで頑張っているのにずるい」と思われていると感じます。同調圧力に負けて早く帰れない人も帰れるよう、法の整備が必要だ>
 また、部活顧問を断れない心情をつづった意見も。
 <(教員という仕事は)同じ学年で協力しあう場面も多く、(顧問拒否は)ほとんどの教員には難しい>
 自分が顧問を拒否すれば、代わりに顧問を引き受けることになる同僚の負担が増えるし、顧問確保ができずに廃部と
なれば生徒が悲しむ……。そんなしわ寄せを案じて、「やりたくない」となかなか言えないのが実態のようだ。

「生徒のため」過労限界
 部活動学会発起人の一人で「ブラック部活動」を著した内田良名古屋大准教授(教育社会学)は、問題の背景に「全員顧問制度」がある、と言う。部活動は学習指導要領で「自主的、自発的な参加」をうたい、顧問はかつては希望する教員が務めるのが普通だった。「制度」と言うが慣習に過ぎない。だが、部活動での事故などを踏まえ教師の立ち会いを国から求められた結果、苦労をみなで分かち合うとの発想で全国に広がった。採用校はこの20年で6割から9割に増え、同調圧力は強まる一方だ。

部活熱心派の強い発言力
 こうした異論に対し、部活動に熱心な教師からの強い反発が存在するという。
 <部活動で学校を立て直したんだと、昔から、ある熱血体育教員は語り続けており、いまだにその雰囲気が残っています>
 <教員による自己改革は不可能。「部活屋」があまりに多い>
 <管理職は、部活動を熱心に行い、それによって結果を残し、認められてきた方が多い。部活動に熱心で、指導できる
先生方がいろいろな面で発言力を持っています。率先して部活動に関わっていない教員は、中学校の現場の中で、特に、
部活動については発言しづらい現状があります>
 かなり深刻な声もあった。
 <未経験の運動部顧問を任され、問題が起きた時に生徒指導部長から怒鳴られ、教頭からは指導を否定され、去年は危うく精神的におかしくなりそうになりました。それからボイスレコーダーを持ち歩くようになりました>

保護者の意見も割れる
 部活動の見直しへの反発は、部活に熱心な教師からだけではなく保護者の間にもある。保護者から、こんな批判も届いた。
 <本当にごくごく一部の教員がわがままを言っているようにしか聞こえませんし、顧問拒否している教員は即刻辞めて
いただきたい。子どもの教育上、害でしかありません。部活は生徒にとって、とても意義があるものです>
 逆に、見直しを求める保護者の声もある。
 <我が家の場合、子どもが今でも学校や部活の悪夢を見ると言います。学校の部活は、レクリエーション程度にして、
しっかりやる場合は外部で行うのが正しいと思います>
 また、文科省が進める外部指導者の導入についても慎重な意見がある。
 <教員は休めるかもしれない。しかし、子どもの休みはどうなるのでしょう? 外部コーチが成果を出すために、さらに
過熱させることが心配です>

抜本的な解決を求める声も
 寄せられた中には「教員数が足りない」などと問題の根っこを指摘する意見や、地域の協力が必要だとの声もある。
 <圧倒的に足りてない教員数を増やすべきだ。非常勤の支援員でごまかすべきではありません>
 <部活動の問題から、教員の労働問題にまで話を広げ、考えなければ、本当の意味での問題解決にはならないと思います>
 <やりたい方はやればいいし、やりたくない方はやらない。顧問が集まらない部活動については、地域の人材を集めて指導をお願いする。地域のスポーツチームや習い事などに参加する取り組みが広がればいいなと思います>
 「現職審議会」は、集まった意見をもとに10月、部活動見直しを含む働き方改革を文科省や中央教育審議会に緊急提言。今月6日には東京都内で記者会見する。だが、現役教員は顔も実名も伏せて会見に臨むという。
 日本部活動学会の発起人代表で教育学者の長沼豊学習院大教授は言う。「教員が匿名でしか発言できない現実が、部活動改革を阻む同調圧力の強さを示す。実名で声を上げられる社会にしなければなりません」

「現職審議会」の緊急提言(骨子)
・教員の「サービス残業」の温床である給与特別措置法を改正
・部活動で教員の全員顧問制と生徒の強制入部の是正、土日祝日の活動禁止、小学生の部活動は地域クラブへ移行
・時間割に授業準備や休憩の時間を設定
・生徒の在校時間は勤務時間内に
・違法労働を通報できる専門機関を設置

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