中2女子いじめ自殺 同級生も不登校 教員の圧力感じ転校
3年8カ月前、いじめを原因に自殺した中学2年の女子生徒(当時14歳)を巡る調査で、学校側の対応に不信感を募らせた同級生が別の中学校に転校した。被害生徒に寄り添い、加害生徒に注意を促したものの、いじめはやまず、守れなかったことを悔いて学校に通えなくなった。そんな同級生に対し、学校側は第三者委員会による調査の有無や被害生徒の両親とのやり取りを問いただした。こうした事実は一切明らかにされず、学校側からの謝罪はいまだにない。「いじめ対応で不登校になった生徒がいたことを隠し続けたいのではないか」。同級生の母が抱いた不信感は今も消えない。
友の死に「(自分は)役立たずや」
亡くなった女子生徒は校内の駐輪場で自転車を分解されたこともあった=兵庫県加古川市で2021年2月5日午前11時6分、藤顕一郎撮影
自殺した生徒と同級生は2015年4月、兵庫県加古川市の市立中に入学し、同じクラスになった。好みの漫画や猫の話をするうちに友達になった。部活動は違ったが、カラオケや花火大会に一緒に出かけ、自宅も行き来してよく遊んだ。友へのいじめに同級生が気づいたのは2学期ごろ。自転車が分解され、悪口を書かれた紙を投げつけられている姿を見かけた。
「よくないよ」。加害生徒の一人に注意すると、「それ以上言うな」と反発された。3学期からは自らもクラスメートから無視されるようになった。それでも、母には「私が学校に行かなくなったら(被害生徒の)居場所がなくなる。頑張って行かないと」と話したという。この頃から、被害生徒に「一緒にいると癒やされるよ」と勧められた猫を飼い始めた。春休みには2人で体を寄せ合ってプリントシールを撮った。
2年生では違うクラスとなり、一緒に過ごす時間は減ったが、朝は廊下で「おはよう」と声を掛け合った。だが、夏休み明けから被害生徒を見かけなくなった。体調が悪いのかと心配していたが、16年9月、彼女は自ら命を絶っていた。
そのことを学校で知った同級生は泣き声をあげながら帰宅し、母にこう漏らした。「役立たずや。何もしてやれなかった」
亡き友の家に花を持って訪れた。一緒に過ごした1年生の3学期、教室での出来事を、彼女の両親に伝えた。2人ともクラスで無視され、
プリントの配布を外されたり、机に落書きをされたりしたこと。休み時間を一緒に過ごし、どちらかが学校を休んだ時には、一人になったこと。
彼女から「1年間仲良くしてくれてありがとう‼ 2年生でも一緒のクラスがいいね~」との手紙をもらっていた。
その後、同級生は自室で布団にこもるようになり、学校に行けなくなった。
教諭「弁護士はつけているのか」
16年11月になって市教委は被害生徒が自殺し、「いじめ」の文言が入ったメモが残されていたと発表し、自殺の原因を調査するため大学教授や
弁護士らによる第三者委員会を設置した。翌年2月、同級生は自宅で第三者委の聞き取りを受けた。母も立ち会う中、自分が見聞きしたことを
包み隠さず伝えた。
同級生が学校に呼び出されたのはこの直後だった。学年主任の教諭から個室で「もう調査はあったのか」と聞かれた。答えずにいると、「最初に
呼ばれると思ったのに」と言われた。被害生徒の両親と会ったことを明かすと、「何を話したのか」「弁護士はつけているのか」などと何度も聞かれた。
その後も2、3回、学校に呼び出され、母が学校に抗議した。同級生が再び学校に通い始めると、教諭らがげた箱で待ち伏せていたこともあった。
教諭らの質問攻めに遭うことを恐れ、また学校への足は遠のいた。見かねた母は教諭らに「学校を変わることも考えている」と伝えたが、「転校なんて
できるはずがない」とあしらわれたという。学校が信じられなくなり、同級生は17年6月、市外の中学校に転校した。
校長は「知らない」
第三者委がまとめた報告書によると、被害生徒は1年生だった15年夏ごろから、所属していた部活動で無視や仲間外れ、嫌なあだ名で呼ばれる
などのいじめを受け、2年生まで続いた。自殺の3カ月前に行った校内アンケートで被害生徒はいじめを訴える回答をしていたが、学校は対応しなかった。
報告書は自殺の原因をいじめと認定し、「学校が対応していれば無力感から脱することができ、自死行為をせずに済んだと考えるのが合理的」と総括した。
一方、被害生徒の部活動の顧問らが部員を集めていじめの状況を紙に書かせたが、部員同士のトラブルとして処理し、メモをシュレッダーで破棄。
第三者委には紛失したと報告していたこともその後に判明した。ただ、第三者委の聞き取りで部員らの証言は得られており、調査結果には影響しなかった
という。
県教委は18年11月、重大ないじめに対処していなかったとして当時の校長を戒告処分とし、学年主任と担任を訓告、部活動の顧問ら2人を厳重注意
とした。被害生徒の遺族は20年9月、学校側が適切に対応していれば自殺は防げたなどとし、市に損害賠償を求めて神戸地裁姫路支部に提訴。
2月10日に第1回口頭弁論がある。
第三者委の調査などを同級生から聞き出そうとしたことについて、学年主任だった教諭は毎日新聞の取材に対し、被害生徒の裁判があることを理由に
「すみません」と述べてコメントしなかった。同級生が転校するまでの経緯について当時の校長にも尋ねたが、「17年3月末で異動し、何も知らない」
と話した。市教委は「個別事案についてはプライバシーの観点からお答えできない」とした。
同級生は19年4月から県内の私立高校に通う。20年末、病気で亡くなった友人の墓参りでクラスメートが学校を休んだことがあり、帰宅して母親に言った。
「お墓、私も行った方がええよな」。母の目には、被害生徒の死に向き合い始めているように映った。母は言う。「学校側は『不登校は良くない』と決めつけ、
娘に寄り添うどころか、何か情報を得ようと追い回した。今も許せない。いじめや、被害生徒が亡くなったことにきちんと向き合ってほしかった」【藤顕一郎】