平成28年11月6日 東京新聞

命守るのは指導者 部活中や体罰子どもの死亡ゼロへ

スポーツ指導者を多数輩出する日本体育大は七日から、部活動や体育の授業中の事故や体罰で子どもを亡くした遺族らを講師に招いた研修会を始める。実際に起きた事例を学び、安全への意識を高める狙い。講師の一人で、二〇〇三年七月に高校の部活動で長女を亡くした草野とも子さん(66)=東京都江戸川区=は「教員になる人たちには、親のつらさ、悲しさと命の大切さを分かってほしい」と話している。 (小林由比)

草野さんの長女恵さん=当時(15)=は専修大付属高校(杉並区)一年の時、バレーボール部の合宿中に倒れ、二日後に熱中症と急性硬膜下血腫で亡くなった。

湿度が70%近い真夏の体育館で、一つの動きをできるまで繰り返させられた。経験が浅かった恵さんは水を飲む時間すらなかった。二日目には吐き気などの熱中症の症状があったにもかかわらず、顧問の指示で練習を続け、転倒した際に床で頭を強打した。症状が悪化しても、顧問は病院に連れていかず、コートの外にいた恵さんは意識を失った。

病院に駆けつけた草野さんは、人工呼吸器につながれ、目を半分見開いたままの恵さんを前に、泣き叫ぶしかなかったという。

「なぜあんなに元気だった娘が亡くならなくてはいけなかったのか」 学校から詳しい説明はなく〇六年、学校を相手に損害賠償訴訟を起こし、〇九年に和解した。和解条項には、学校に専門家らによる安全対策委員会を設置することが盛り込まれ、自らもメンバーに加わった。

「娘と同じ目に遭う子が二度と出ないよう学校や教員の意識を変えたい」。その一心で、今も学校に通い続ける。

学校側も草野さんの声に耳を傾け、安全対策に力を入れている。

「スポーツ指導者に無知や、健康や命を大切にする認識がないことは許されない」と草野さんは言う。「命は一度消えたらもう灯をともせない。次世代の教員として子どもたちの命を預かる学生たちに、そのことを伝えたい」 

◆安全意識低い現状に危機感 企画の南部准教授

研修会を企画したのは、体育学部の南部さおり准教授。法医学が専門で、前任の横浜市立大では柔道事故などを医学的に検証し、学校に指導や対応を提言してきた。その中で「指導者になる人たちが子どもの命を守るという視点で自分を律したり、合理的な判断をするための教育を受けていない」と、現状に対する危機感を強く

感じたという。

今年四月から日体大でスポーツ危機管理学の教員として、運動中の子どもが熱中症になったり、脳振とうを起こしたりしたときの危険性や、体罰、指導がきっかけで子どもが自殺に追い込まれる「指導死」などの問題を教えている。

スポーツの分野で国内トップクラスの学生たち自身が、熱中症などの危険な状況を経験していることが多いといい、「それが普通という感覚を持つのは怖い」と指摘する。

研修会は、講義を受ける学生だけでなく、幅広く教職志望の学生らに聞いてもらおうと初めて企画。遺族ら八人に講師を依頼した。「先生の卵」を対象に遺族が講師を務める研修会は全国でも珍しいという。

初回の七日は住友剛・京都精華大教授(教育学)が学校事故の現状について講演するほか、剣道部で体罰を受け亡くなった子どもの遺族らが参加する。第二回(十二月十二日)は、草野さんらが講演。第三回(来年一月三十日)は、いじめや指導死がテーマ。一般の人も無料で参加できる。会場は日体大世田谷キャンパス。申し込み、問い合わせは南部准教授=045(479)7115=へ。

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