平成30年8月17日毎日新聞

鳥栖 中1いじめ、謝罪の市 提訴で態度一変「知らない」

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弁論準備手続きの後、佐賀地裁近くの公園であった支援者との集まりで弁護団の説明を聞く原告の男性(中央)=佐賀市で2018年7月18日、森園道子撮影

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弁護団や支援者との集まりで、心境を語る原告の男性=佐賀市で2018年7月18日、森園道子撮影

 

市は記者会見で「犯罪に等しい」いじめと認めたが…

佐賀県鳥栖市立中で6年前、当時1年の男性(19)が同級生十数人から約7カ月にわたって殴る、蹴る、エアガンで撃たれるなどの暴行を受け、多額の金を恐喝された。市教委は記者会見で「犯罪に等しい」といじめを認め謝罪したが、男性が学校の責任を問う訴訟を起こすと態度を一変させた。校長が「エアガンの威力は小さい」とする報告書を提出するなど責任回避の姿勢を強め、今も重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ男性はさらに傷つけられている。【樋口岳大】

殴られる、蹴られる、首を絞められる、プロレスの技をかけられる、エアガンで撃たれる、殺虫剤を顔に吹き付けられる--。男性によると、激しいいじめは2012年春の入学直後から始まった。カッターナイフや包丁を突き付けられたり、のこぎりで切られそうになったりしたこともあった。

毎日のように金も恐喝された。お年玉や入学祝いなど自分の貯金が底を突くと、当時脳梗塞で入院していた母(48)が医療費のため自宅に置いていた金なども持ち出すしかなく、男性は被害は約100万円に上ると主張する。

暴行を受け続けるうち「いじめが学校にばれたら、加害者から自分も家族も殺される」という強い恐怖を覚えるようになった男性は被害を周囲に言えず、プール授業を休むなどして学校にも家族にも体の傷を隠した。同年10月にいじめが発覚後、体のあちこちにできた赤黒い内出血痕や傷を見た母は絶句した。

いじめ発覚後、男性は重度のPTSDと診断され、登校できなくなった。県警は捜査に乗り出し、同級生数人を児童相談所に通告した。

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同級生から繰り返し受けた暴行であざができた男性の左ひざ。いじめが発覚した2日後の2012年10月25日に撮影された。男性は体のあちこちにこうした傷ができていた=家族提供

「重大ないじめと言っているが、犯罪に等しいだろうと思っている」。鳥栖市の天野昌明教育長は13年3月に開いた記者会見で陳謝した。

市教委は会見で、男性が同級生十数人からたたかれたり蹴られたり、エアガンや改造銃で撃たれたりしたうえ、数十万円を恐喝されたと説明。学校の保護者や市議会にも同様の説明をし、同5月号の市報には「今回、市内中学生による深刻ないじめ事案が発生し、市民の皆様に大きな衝撃を与え、ご心配をおかけしたことをおわび申し上げます」と記載した。

男性と家族は「これから前を向いて生きるためには、残忍な暴力と、学校が対応を誤った事実を明らかにする必要がある」として、15年2月、同級生8人とその保護者、市に計約1億2700万円の損害賠償を求め、佐賀地裁に提訴した。すると、市は態度を一変させた。ほとんどの暴行を否定する同級生の言い分に沿う形で、「犯罪に等しい」行為とまで断じたいじめを「知らない」と主張するようになった。

市が裁判に証拠として提出した当時の校長作成による16年3月の「報告書」が、市側の保身姿勢を際立たせている。

報告書には、校長室で校長自ら市の代理人弁護士にエアガンを向けて撃つ「実験」写真を載せ、校長は「弁護士によればビリッと感じたが、痛いというほどではないということだった」と書いた。さらに「メーカーなどでは、いわば『おもちゃ』なのだから、危険性がないように工夫されている」と記載。市はこの報告書を基に訴訟で「威力は小さい」と主張している。

エアガンについて、メーカー側は「弾が目に入ると最悪失明する恐れがある」と警鐘を鳴らし、「人に銃口を向けてはいけない」としている。男性側代理人の渡部吉泰弁護士は「男性はエアガンで繰り返し撃たれて負傷し、脅迫されていた。それを校長が『撃っても威力が弱い』などと主張するのは、訴訟の中でとはいえ、異様だ」と指摘する。

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男性へのいじめ問題を受け、「加害生徒を別室登校させる」などと発表する佐賀県鳥栖市の天野昌明教育長(中央)ら=2013年4月5日、上田泰嗣撮影

市はかつていじめを認めた理由について、訴訟の中で「当時は多額の現金が脅し取られたことや、激しい暴行があったことを加害生徒に認めさせようとする(男性の)母親らの要請が厳しく、学校や市教委はそれに従う形で対応せざるを得なかった」と説明している。その後、訴訟で認めなくなった理由について、市教委は取材に「事実関係は被告生徒らの認否や陳述書などで明らかになった点も多い」などと回答した。

男性は「改造して威力を増したエアガンや電動エアガンでも撃たれた。皮がむけた傷が多数でき、傷痕がクレーターのようになった。撃たれた後は、体の芯の部分からの痛みが続いた。

風呂に入る時は激痛を感じた」と証言し、「市がいじめを『なかったこと』にし、責任逃れをしようとしている。ボロボロになった自分を更に追い詰めるのか」と憤る。

男性は20日から始まる尋問で初めて証言台に立ち、被害体験や心境を語る。「当時を思い出すと身も心も壊れそうになる。でも、大きな壁を乗り越えられるよう、頑張りたい」と打ち明けた。

いじめで重度のPTSDと診断 6年後の今も苦しみの日々

7月下旬の夜、男性(19)は佐賀県鳥栖市の自宅の部屋の隅にうずくまり、ガタガタと震えていた。「ごめんなさい。(金を)持って来ますから」「ごめんなさい」。両手で抱えた膝に顔をうずめ、うわ言のように繰り返す。家族の呼びかけは耳に入らず、汗も止まらない。市立中1年のころに激しいいじめを受け心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された男性は、6年たった今も、頻繁によみがえる当時の記憶に苦しめられている。

「毎日毎日、拷問を受けるうちに人格が壊され、暴力を受けても痛みを感じなくなった。生きている感覚が薄れていき、やがて『死んでもいい』と考えるようになった」と男性は語る。

2012年10月にいじめが発覚し、PTSDと診断されて中学に登校できなくなった。その後も暴力を受け続けている感覚が体から抜けず、繰り返しいじめの記憶がフラッシュバックした。

苦しみのあまり何度も命を絶とうとし、家族はひとときも目を離せなくなった。

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被害者の男性が両親に書いた手紙=2018年8月13日、森園道子撮影

15年4月、暴力を振るった同級生たちとは別の高校に進学したが、フラッシュバックはなくならなかった。入学直後に5階の教室から飛び降りようとしたため、教師がすべての窓を開けられないように固定した。高校の校長は「卒業後の進路の話をしても、『その頃、僕はおるかわからんけんねえ』と話していた。いつも目が離せなかった」と振り返る。

「正直、死にたくなんかないけど、家にいる時も、外にいる時も、昔のことを思い出してどうしようもありません。毎日が死にたい、死にたいとそればかり考えてしまいます(中略)大人になって父さん、母さん、妹を支えていくつもりですが、その代わりに僕が死なないように守ってくれませんか?」

2年前の夏、県警などがいじめ被害者らを支援する集まりに通っていた時に両親に宛てた手紙には、そう記した。

外を通る自転車の音、街で見かけた制服姿の中学生、偶然通りかかったいじめの現場となったグラウンド……。こうしたものがきっかけになり、今も頻繁にフラッシュバックは起きる。

いじめられていた時の記憶が映像となって頭の中を流れ出すと止まらなくなる。

この6年、精神科で男性の診療を続ける医師は「同級生から逃げ場がなく強い支配を受けたことによる重度のPTSDで、家族らの支えで何とか生きている状態だ」と言う。さらに、男性が鳥栖市などに損害賠償を求めた訴訟で、いじめを「知らない」と主張している市の姿勢について、「『大人に裏切られた』という男性の不信を上塗りし、回復を遅らせている」と批判した。

男性の支援を続ける「全国学校事故・事件を語る会」代表世話人の内海千春さん(59)=兵庫県たつの市=も「いじめの事実を認めない市の姿勢は、苦しみながら何とか生きようとあえいでいる男性への加害行為だ。被害者救済の視点が完全に抜け落ちている。行政は自らの調査で把握した事実は事実として認めるべきだ」と語った。

東京成徳大の石村郁夫准教授(臨床心理学)らは16年、大学生268人を対象にしたいじめに関する調査結果を発表した。それによると、95人が主に小中学校時代にいじめの被害を受け、このうち39%(37人)がPTSDの基準を満たしていた。

石村准教授は「いじめが一過性のものではなく、被害者を長期間苦しめることが改めて確認された。被害者には長期的なケアが必要だ」と指摘。そのうえで「いじめられた記憶自体はなくならないが、そのつらさを周囲に理解されることが生きていく糧になる。逆に学校や教育委員会がいじめを隠蔽して非を認めなければ、症状を悪化させる」と警告する。

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