平成31年1月6日付朝日新聞

(フォーラム)子どもへの体罰:1 しつけと指導

子どもへの体罰しつけ指導

家庭で「しつけ」として、親が子どもをたたく。スポーツでは「指導」として、指導者が選手を殴る。家庭でもスポーツの現場でも、強い立場の大人が弱い立場の子どもたちを、「実力行使」によって言うことを聞かざるを得ない状況に追い込む点で共通性があります。今回はその両者を一緒に考えてみます。子どもに体罰、必要でしょうか?

■暴力に反対/納得いく場合も

朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

  • 「幼い頃にテーブルの下で母親に無言でつねられたことは一生忘れません。中学では体育教師が日常的に暴力をふるっていました。自分の子供にも八つ当たり的にたたいたり、しつけ目的で突き飛ばしたりしました。体の痛みはなくなっても、心の傷は長い間癒えません。されたことも、してしまったことも、いつまでも拭いされません。すべての暴力に反対です」(愛知県・50代女性)
  • 「体罰は絶対にしてはいけないと思いつつも、ついカッとなってたたいてしまったことがある。そのときの子どもの悔しそうな顔、自分への自己嫌悪はずっと残っている。他者を大切に、自分を大切にする人に育って欲しいと願いながら、自分の子どもの意思や人格を尊重できずに、時おり、怒りにまかせてたたいてしまう自分の未熟さを自覚している。本当に申し訳ないし、情けないし、直したい」(北海道・30代女性)
  • 「スポーツ界の体罰が取り沙汰されていますが、それと家庭・教育現場における体罰を同じ枠組みで語ることに違和感を覚えます。勝つための指導と、人としてのしつけは分けるべきと思うからです。児童虐待として外部機関が介入せざるを得ないケースもありますが、親の平手打ちが子どもの成長につながる親子関係もあります。生徒の肩に手を置いたり強い口調で叱ったりするだけで体罰と訴えられる教員と、平手打ちをしても生徒や親が問題にしない教師もいます。その違いを無視して『体罰』を画一化し、概念的に議論することは不毛なだけでなく、危険とさえ感じます」(高知県・40代男性)
  • 「中学時代のバレー部では顧問の教師に何度も平手打ちをされました。『お前のせいで負ける』などの悪口を日常的に浴びせられ、性暴力も受けました。高校時代の顧問に言われたのは『俺はお前を殴らない』『楽しんでやれ』と言った言葉でした。その人物は『お前らが楽しんでプレーする姿を見るのが俺は楽しい』と言っていました。非常に対照的でした。私の今の人生観の基礎になっているのは高校時代の顧問に言われた言葉です。体罰は不要ですし、それを行う教師も不要です」(千葉県・40代男性)
  • 「こどもの発達支援に関わっています。教育(しつけ)の方法としての体罰には弊害はあっても益はないと考えます。一方で、親御さんたちは教育のプロフェッショナルではありません。仕事で教育しているのであれば、プロとして適性がないなら辞めることもできるし、仕事をある程度選ぶこともできます。だからプロが行う体罰は断固反対です。しかし、家庭も同じでしょうか。アンケートの選択肢の“絶対”という言葉に強烈な違和感を抱きました」(埼玉県・50代男性)
  • 「子供の頃(小学校低学年)は、叱られる時ゲンコツで一回ゴンというのはありました。必ずお説教とセットになっていて子供心にも『悪いことをしたな』と納得いくものでしたので、それを体罰と言われると違和感があります。それでも『言葉でわかるようになったから、もうゲンコツはしない』と小4ぐらいで親のゲンコツ卒業宣言がありました。今でも『うちの親は叱り方上手だったな』と思っていますが、一概になんでも『体罰』『暴力』というのは違うように感じています」(東京都・50代女性)

 

■虐待へエスカレート

昨年、東京都目黒区で5歳の女の子が、十分に食事をもらえず、親から殴られたり水をかけられたりという虐待を受けていた事件がありました。亡くなった女の子がノートに記した言葉が公表されたことで、事件は注目を集めました。その後も子どもへの虐待事件は相次いでいます。

虐待は、体罰の延長にあると言われます。最初は暴言や、軽い体罰から始まり、深刻な暴力へとエスカレートすることがあるからです。

虐待を減らすため、国は近年、体罰によらない子育てをしようと呼びかけています。しかし、実際には、体罰を認める意識は根強くあります。20歳以上の男女の約6割が体罰を容認しているという調査もあります。しつけのためにはやむを得ないと考える人が多いようです。

法律では、親の体罰は明確に禁止されていません。2016年、しつけを名目にした虐待が後を絶たないことから、児童虐待防止法が改正されました。これにより、監護、教育に必要な範囲を超えて、親が子どもを懲戒してはいけないことになりました。教師については、体罰が明確に禁止されているのに対して、親についてはあいまいです。

こうした中、新たな動きもあります。東京都は昨年11月、体罰禁止を盛り込む条例案の骨子案を公表しました。成立すれば全国の都道府県で初めてです。冒頭の5歳の女の子の死亡事件を検証した専門家らが、体罰によらない子育てを広めるべきだと都に提言しました。都民からも体罰禁止を求める意見が多く寄せられたそうです。(三輪さち子)

■スポーツ界、遠い根絶

スポーツ界における体罰撲滅の動きは、2013年1月が転換期となって本格的に始まりました。

この月、大阪・桜宮高の男子バスケットボール部主将が顧問から受けた体罰などを理由に自殺したことが明らかになったほか、柔道女子の日本代表でも監督らの指導陣が選手に暴力をふるっていたことがわかり、対策が急務となりました。

同年4月、日本体育協会(現・日本スポーツ協会)、日本オリンピック委員会、日本障害者スポーツ協会、全国高校体育連盟、日本中学校体育連盟の5団体が、暴力行為根絶宣言を採択します。同年5月には、文部科学省の有識者会議が、学校の運動部活動の指導で許されない体罰を示したガイドラインをつくり、許されない指導として、「殴る、蹴る」「長時間の無意味な正座や直立」「柔道で受け身ができないような投げ」などを例示しました。各競技団体も指導者研修を行うほか、選手らからの相談を受ける窓口を設置しました。

しかし、「体罰はダメ」の意識はまだスポーツ指導者には行き渡っていません。東京都教育委員会の調査で判明した公立中における部活動中の体罰は、14年度が7件、15年度が9件、16年度が8件と横ばいです。

16年には、福島県の私立高相撲部で顧問がゴム製ハンマーで部員を殴っていたことが発覚。昨年も、体操女子の五輪出場選手をコーチがたたく様子や、高校野球で監督が部員たちを殴る場面の映像が流れるなど、根絶は遠いのが実情です。(編集委員・中小路徹)

南部先生

■密室で一方的に、害しかない 日体大・南部さおり准教授

家庭内とスポーツにおける体罰の共通性について、日体大の南部さおり准教授(スポーツ危機管理学)に聞きました。

まず、絶対的な力を持つ強い大人がやり返せない子ども、生徒に一方的に振るう点が同じです。

次に、密室性。家庭には簡単に介入できません。部活動も学校が閉鎖空間であるうえ、さらに外の目が入りにくい二重構造になっています。

世代間連鎖も共通します。親は育てられたようにしか子を育てられないと言われます。スポーツ指導者も、自分が受けてきた指導のやり方で経験的に教えてしまいます。

そして、速効性。しつけたことを子どもが守らない時、体罰はすぐ効果が出る強制の仕方です。スポーツでも殴れば、生徒は「怒られるのが怖い」と、普段以上の力を出します。指導者からすれば、体罰がないと期待するほどの力を出さないことから「殴らなければわからない」と体罰はエスカレートしていきます。

さらに、される側が逃げられない点。子どもは親に経済的に依存し、外の世界で生きていけません。部活動も、全体の士気が下がるからと、退部が許されない状況になりやすい。退部するとどんな仕打ちが待っているかわからないので、体罰は嫌でも続けるしかなくなります。

家庭で体罰を受けた子どもは、外で困難に遭遇すると、暴力的に振る舞いやすくなります。スポーツでは、体罰でその競技が嫌になることもあり、強化どころか競技人生を潰すことになります。

長い目で見た時、体罰は有害でしかないことをきちんと伝えていく必要があります。

◇来週13日は「子どもへの体罰:2」を掲載します。

◇アンケート「子どもに体罰、必要ですか?」を8日までhttp://t.asahi.com/forumで実施中です。ご意見はsahi_forum@asahi.comでも募集しています。

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