令和元年5月6日付朝日新聞デジタル

中高の事故、半数は部活で 柔道技や打球…頭をどう守る

中学・高校で起きる事故の半分以上は運動部の部活動中で、年間35万件に上る。特に頭のけがは命にかかわることがあり、学校現場では重大事故を防ぐための模索が続いている。

硬球直撃 予防策を尽くしていたが

死球を受けた2年生の男子部員(当時16)は声を上げ、尻から落ちて仰向けに倒れた。よけようとした球が、ヘルメットの耳当て部分と左耳の下に当たった。昨年11月18日、熊本県立熊本西高校(熊本市)で行われた野球部と他校の練習試合。部員らが駆け寄ると、意識がなかった。翌朝、亡くなった。

野球部は事故防止に力を入れてきた。複数箇所で行う打撃練習は、打球が飛び交う。防球ネットの穴を抜けて投手に当たらないように37枚のネット1枚ずつに担当を割り当て、点検や補修を続ける。イレギュラーバウンドを防ぐため、ノックの合間にトンボをかける。ヘルメットは昨春、各部員に合うように三つのサイズを買いそろえた。

それでも事故は起きた。横手文彦監督(43)は「亡くなった部員は野球が大好きだった。彼も、投手も、誰も悪くないのに……」と声を絞り出す。

地元の軟式野球出身者ばかりの野球部は、昨秋の九州大会で8強入りし、今春の選抜の21世紀枠の県推薦校に選ばれていた。事故を受け、横手監督は辞退も考えた。

そのチームに、遺族が葬儀で語りかけた。「前を向いてほしい。21世紀枠を辞退しないで、甲子園を目指して下さい」。頭を下げる相手校の投手にも「野球を続けて下さい。夏の藤崎台(球場)で投げる姿を楽しみにしています。本人も同じ思いでしょう」。参列者のすすり泣きが漏れた。

野球部は今春の選抜に初出場した。ネット管理をまとめる3年の中本景土(けいと)君(17)は「大変だけど、練習に集中するためにも安全確認が大切」と話す。

事故後、スポーツ用品会社がヘルメットの両耳にあたる部分に、着脱式の金属板を付けて首や後頭部を守る試作品を持参した。まだ商品化の見通しはないが、横手監督は「事故をなくそうと動いてくれたことがありがたい」と話す。

日本高校野球連盟によると、死球による死亡は記録が残る1974年以降で3件目。事故の直後、熊本県高野連の工木(くぎ)雄太郎理事長は日本高野連に伝えた。「硬球を扱う以上、どの学校でも起き得る。不慮の事故で終わらせてはいけない」。日本高野連は製品の安全性を管理する協会に事故の調査と予防策の検討を要請。協会は各ヘルメットメーカーと議論を始めた。

全国の野球部で頭部事故は年間2千件超。打撃練習やノック時が目立つ。日本高野連の竹中雅彦事務局長は「防球ネットの点検やグラウンド整備などを徹底すれば、防げる事故が繰り返し起きている。指導者の知見を高める必要がある」と話す。

日本高野連は01年、打撃投手のヘッドギア着用を義務化した。以来、打撃投手の死亡事故はない。16年には女子部員に甲子園大会前の甲子園での練習参加を認める一方で、ヘルメット着用を義務づけた。昨年3月には全国の高野連と野球部の指導者を大阪市に集め、事故防止のシンポジウムを初めて開催。専門家が事故事例や安全対策を説明した。防球ネットについては適切な補修方法や死角をなくす配置、事故が起きにくい新製品などを紹介。練習中の野手の顔を覆うフェースガードの着用も勧めた。その後、各地の高野連は安全対策に関する勉強会を開くなどしている。

野球部

今春の選抜高校野球の21世紀枠に選ばれた日も、熊本西野選手たちは供花の前で手を合わせた=2019年1月25日、熊本市西区、金子淳撮影

部活中の死亡事故、10年間で152件

運動部の部活動での事故は、中学・高校で起きた全事故の5割を超える。特に頭のけがは命に関わることがあり、重大事故を防ぐための模索が続いている。

日本スポーツ振興センター(JSC)の学校事故データを産業技術総合研究所(産総研)が分析。部活動の事故は2014~16年度、年間平均で35万件あった。小学校8千件、中学校18万7千件、高校15万6千件。部員数の多いバスケットボール、サッカー、野球の順。年間約1万2千件に上る頭のけがでは、野球、サッカー、バスケットボールの順になる。

部活動の死亡事故は16年度までの10年間に152件。交通事故が大半の登下校中に次いで多い。亡くなった原因で最も多いのは、突然死を除くと頭のけが25件。柔道が突出し、ラグビー、野球と続く。ただ、柔道は12年度の中学での武道必修化に伴い安全対策が強化され、近年は大幅に減っている。

サッカー部の合宿中、ボールが頭に 練習を続け……

東京都内の私立高校に通う男子生徒(17)は中学2年だった16年3月、サッカー部の合宿中に頭に大けがを負った。ゴールキーパーをしていて、コーチが蹴ったボールが右側頭部に当たった。

練習後、頭痛を感じたが、合宿を続けた。

深刻さに気づいたのは合宿後の練習試合。頭痛がひどく、普段はしないようなミスで失点。試合途中で交代して早退したが、痛くて家まで帰れない。母親に助けを求め、自宅近くの大学病院に駆け込んだ。

CT検査で、強い衝撃によって頭蓋内の血管が破れ、血の塊ができる急性硬膜下血腫とわかった。広がれば脳を圧迫して頭痛や嘔吐、けいれんなどが起き、短時間で意識障害や呼吸停止に至ることも。空中でヘディングをして地面に頭を打つ例が多いが、角度や強さによってボールが当たるだけでも起きるという。

2日後に血腫が縮小して退院したが、医師からは体がぶつかるスポーツはやめるように告げられた。頭に再び衝撃が加われば、深刻な事態になりかねないという。

学校は合宿参加者から聞き取り調査を実施。大けがにつながるとは誰も思っていなかった。コーチは強めにボールを蹴っており、「生徒の力を踏まえず、未熟だった」と述べた。学校は生徒と両親に謝罪した。顧問の教諭は取材に「異変に気づけなかったことにじくじたる思いがある」と話す。

生徒は中学最後の夏の大会にマネジャーとして参加した。今も体育の柔道や体育祭の騎馬戦などを控える。定期的な検査を受け、学校生活を送っている。取材に「レギュラー争いをしていて休みたくないと思い、練習を続けて悪化させてしまったかもしれない」と振り返り、自身の経験を予防に役立てて欲しいと話した。

柔道はじめて1カ月、大外刈りで奪われた命

柔道部の練習中に福岡市立中学1年の大場彩さん(当時13)を亡くした父親の重之さん(53)=同市博多区=は、悔やみ続けている。「こんなに柔道が危険だとは知らなかった」 2015年5月、彩さんは練習を終えて帰宅すると、「練習で打って頭が痛い」と、夕食を残した。翌日の朝、体調を聞くと、「大丈夫」との返事。「気分が悪かったら先生に言いなさい」と送り出した。

学校を休ませて病院に連れて行っていれば、事故は避けられたとの思いは消えない。

この日の夕方、彩さんは中学の武道場で2年の女子部員の大外刈りで倒れ、頭を強く打って意識不明になった。救急車で病院に運ばれ、手術を受けたが、意識は戻らなかった。急性硬膜下血腫のため5日後に亡くなった。

福岡市教育委員会が公表した有識者による調査報告書によると、事故は技を伝えてから投げる「約束練習」で起きた。相手は大外刈りと伝えたうえで、スピードを緩めてかけた。

彩さんは運動は得意でなかったが、「警察官になりたい」と柔道部に入った。柔道を始めて1カ月の彩さんに対し、相手は5年目。身長は6・5センチ、体重も12キロ上回っていた。

武道場には顧問の教諭とボランティアの指導員2人の計3人がいたが、事故の瞬間は見ていなかった。

報告書は「体格差や能力差を把握し、きめ細かな指導を行う必要がある」と指摘。事故を防ぐため、受け身の練習を3、4カ月以上は行い、大外刈りなど危険性のある技で受け身の練習をしないよう求めた。

日本スポーツ振興センター(JSC)が重大事故に限定して公表しているデータを名古屋大学の内田良准教授が分析したところ、17年度までの35年間に、柔道の部活動や授業などで121人が死亡していた(突然死や熱中症なども含む)。1年生が74人を占めた。頭のけがで亡くなったのは121人のうち77人で、大外刈りが最も多かった。近年は中学の体育の武道必修化に伴い、安全対策が強化されるなどして重大事故は減っている。

それでも16年度、群馬と栃木の中学生2人が大外刈りで一時重体となった。彩さんの事故の後に起きたことに衝撃を受けた大場さんは17年、小中学生に限って大外刈りを禁止すべきだとブログで訴えた。事故の重さを伝えようと、彩さんの脳のX線写真も掲載。昨年11月には、大外刈りの危険性を伝えたいとの思いを込め、柔道のルールを決めている全柔連を相手に損害賠償請求訴訟を起こした。「二度と重大事故が起きないように、指導者の人たちに安全に対する気持ちを持ち続けてほしい」と願う。(木村健一)

大場さん

柔道事故で中学1年だった大場彩さんを亡くした父重之さん。彩さんの机の前で=福岡市博多区

頭のけが「事後の対応が重要」

頭のけがは外見上、骨折や出血がなくても注意が必要だ。運動中の頭部外傷に詳しい東京慈恵会医科大の大橋洋輝講師(脳神経外科)によると、中でも急性硬膜下血腫は死亡や重い後遺症につながる頻度が最も高い。頭痛などがあるのに無理してプレーを続けると、命に関わる危険がある。脳への衝撃で一時的に意識や記憶を失うなどする脳振盪も、状態が万全でないまま競技を続ければ、二次的なけがで急性硬膜下血腫などにつながりかねない。ほとんどの脳振盪は回復するが、頭痛やめまい、集中力低下といった症状が続くこともあるという。

これらはラグビー、アメリカンフットボール、柔道など選手がぶつかり合うスポーツのほか、野球やサッカーなどで幅広く起きている。産総研の分析では、急性硬膜下血腫は多い年で160件、脳振盪は1800件ほど起きていた。深刻なけがを防ぐには、種目ごとの対策はもちろん、体調不良時に運動させないことも必要だ。大橋さんは「競技によっては頭のけがを完全に防ぐのは難しく、事後の対応が重要だ」という。

脳振盪の頻度が高いスポーツでの深刻なけがを防ごうと、日本臨床スポーツ医学会(脳神経外科部会)は「頭部外傷10か条の提言」をまとめ、脳振盪を簡易的に判断する方法を紹介している。

同会の「のじ脳神経外科・しびれクリニック」の野地雅人医師は「頭を打った後に、頭痛、めまい、吐き気など普段と違う様子が見られたら脳振盪を疑い、指導者がプレーから離脱させ、専門医を受診させてほしい」と呼びかけている。(北林晃治)

脳振盪

柔道部で頭のけがの多い技

技名    件数

大外刈り   124

背負い投げ  113

払い腰     24

大内刈り    19

内股      19

体落とし    12

小外刈り     9

一本背負い    8

産総研が2014~16年度のJSCデータから、技が明記された事例を集計

14~16年度

けがの多い部活動

全てのけが    頭のけが

1  バスケットボール 野球

2  サッカー     サッカー

3  野球       バスケットボール

4  バレーボール   ラグビー

5  テニス      テニス

6  陸上競技     バレーボール

7  ハンドボール   柔道

8  ラグビー     ソフトボール

9  バドミントン   ハンドボール

10 柔道       陸上競技

11 ソフトボール   剣道

12 剣道       卓球

13 卓球       バドミントン

14 空手       水泳

15 水泳       ホッケー

産総研がJSCデータを分析。サッカーはフットサル、野球は軟式、テニスはソフトテニスを含む

日本臨床スポーツ医学会脳神経外科部会の「頭部外傷10か条の提言」

1 頭を強く打っていなくても安心はできない

2 意識消失がなくても脳振盪である

3 どのようなときに脳神経外科を受診するか

4 搬送には厳重な注意が必要

5 意識障害から回復しても要注意

6 脳振盪後すぐにプレーに戻ってはいけない

7 繰り返し受傷することがないよう注意が必要

8 受診する医療機関を日ごろから決めておこう

9 体調がすぐれない選手は練習や試合に参加させない

10 頭部外傷が多いスポーツでは脳のメディカルチェックを

詳しくは、https://concussionjapan.jimdo.comへ。

 

シェアShare on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

Post Navigation