令和元年

子どもたちの死、繰り返したくない 動き出した遺族たち

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伶那さんの写真が飾られた祭壇。本を読むことが好きで、中学に進学するのを楽しみにしていた=横浜市

最愛の子を学校事故で突然失い、悲しみに直面する遺族。残された自分たちに何ができるのか。絶望の淵で死を受けとめ、前に向かって歩み出す原動力となったのは、同じ悲劇を繰り返したくないという願いだった。

横浜市の松田容子さん(50)は、小学校の卒業旅行中の2013年2月に亡くなった娘の伶那(れいな)さん(当時12)の死因を調べなかったことを今も悔やんでいる。

長野県のスキー場。宿の前で友人とそり遊びをしていると、突然、「疲れた」と座りこんだ。その後、友人が気づいたときには倒れていた。救急隊が駆けつけたが、心肺停止だった。

学校から連絡を受け、現地に向かった容子さんは、電車の中で医師から「蘇生措置をやめてもいいでしょうか」と電話で告げられた。何とか助けてほしいとすがったが、「これ以上続けても、伶那さんが苦しむだけ」と言われ、夫と相談して承諾した。「まだ現地に着いてもいないのに……」。電車の中で声を出して泣いた。

死亡診断書は「心不全」。伶那さんは大きな病気やけがをしたことはなかった。医師には「死因を調べるには解剖するしかない」と言われたが、別の病院に運ぶ必要があり、すぐにできるか分からないという。夫は「かわいそうだ」と反対した。着の身着のまま家を出ており、下の子を祖父母に預けていたことも気がかりで決断できなかった。

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卒業旅行中に亡くなった伶那さんの遺影。これまで大きなけがや病気をしたことはなかった=横浜市

容子さんが知りたいと思っていた倒れた時の対応について、学校から詳しい説明があったのは半年後。学校は滞在中の自動体外式除細動器(AED)の場所を事前に把握せず、約1キロ離れた別の宿から借りていた。駆けつけた教諭が胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしたというが、同行した看護師は「確認できなかった」と述べていた。非常時のマニュアルもなかった。

本当のことが知りたくて、訴訟について弁護士に相談すると、「死因が分からなければ難しい」と断られた。医療記録を複数の医師に見てもらったが特定できない。「死因が分からないままでは、遺族は前に進めない。しかし、死の直後に解剖するか遺族に判断させるのは酷だ」

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長女の伶那さんを突然死で亡くした松田容子さん=横浜市

容子さんは、子どもの死を全数登録し、複数の専門家の検証によって予防につなげる制度が必要だと感じ、法制化を目指す活動に参加している。「Child(チャイルド) Death(デス) Review(レビュー)」と呼ばれ、海外では成果を上げている。国内でも昨年12月に成立した成育基本法で体制の整備が盛り込まれたが、実現への歩みは始まったばかりだ。

事故後、容子さんは心肺蘇生などの救命措置や子どもの安全管理などの資格を取り、学校や保育園などに講師として赴く。その傍ら、遺族としての経験を講演などで語っている。その際、必ずこう伝える。「私がどんなに頑張っても娘を助けることはできない。変えられるのはこれから先のことだけ。未来は変えていける」(北林晃治)

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子どもの安全管理に関するシンポジウムで自身の経験について講演する松田容子さん=東京都千代田区

転倒したゴールの下敷きに

福岡県大川市を流れる筑後川の近くに昨夏、一面のヒマワリ畑ができた。小学校のゴール転倒事故で梅崎晴翔(はると)君(当時10)を亡くした祖父清人さん(69)が、孫の残した種で花を咲かせたいと植えた。この種を事故防止のシンボルに育てようという取り組みがある。

17年1月13日、市立川口小4年だった晴翔君は、体育の授業でサッカーのゴールキーパーをしていた。味方の得点に喜んでハンドボール用ゴールのネットにぶら下がり、転倒したゴールの下敷きになった。文部科学省は13年、転倒防止のために杭などでゴールを地面に固定するよう通知していたが、学校はゴールを固定しておらず、市教育委員会は過失を認めて謝罪した。

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ヒマワリ畑と梅崎清人さん=2018年7月、福岡県大川市

清人さんは、近くに住む晴翔君がよく自転車で遊びに来たこと、風呂で背中を流してくれたことを思い出す。「愛敬があり、走るのも泳ぐのも速かった。サッカーが大好きだった」

事故の1カ月ほど前、晴翔君がヒマワリの種をまいてほしいと持ってきた。最初の夏はつらくて植えられなかった。1年が経ち、「大切な孫が託した種。頑張って増やそう」と思うようになった。昨夏、100平方メートルの畑にまき、できた種を訪れた人に「晴翔と事故を忘れないで」と渡した。

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ヒマワリの種と梅崎清人さん=福岡県大川市

事故は、04年に静岡市の中学校でサッカーゴールが倒れて3年の男子生徒が犠牲になったのと同じ日に起きた。子どもの事故予防に取り組むNPO法人「Safe Kids Japan」は、ゴールの固定を呼びかける日にした。杭や砂袋でゴールを地面に固定した写真を学校に送ってもらいネット上で公開。清人さんからヒマワリの種をもらい、事故防止のシンポジウムの参加者らに贈っている。山中龍宏理事長は「転倒事故がなくなるまで続けたい」と話す。

清人さんは今年も種をまいて、咲いた花を仏壇に供えた。ヒマワリ畑は今月下旬に満開を迎える。「ヒマワリを育てることで、学校の安全に社会が目を向けるきっかけになれば」と願う。(木村健一)

 

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