令和元年5月5日付朝日新聞デジタル

学校死亡事故、検証報告は1割未満 遺族に募る「なぜ」

相次ぐ学校事故を受け、国は全国の事故の検証報告書を集約し、その教訓を学校現場と共有する取り組みを2016年度から始めた。だが、文部科学省が把握した全国の死亡事故のうち、集まった報告は1割に満たず、再発防止の枠組みは十分に機能していない。

文科省が16年に示した「学校事故対応に関する指針」では、死亡事故が起きると、学校は3日以内をめどに教職員や生徒から聞き取る基本調査を実施。そのうえで、授業や部活動など教育活動による場合や、家族から要望がある場合などは、学校設置者は外部の専門家らによる詳細調査を行う。都道府県教委などは報告書を国に提出。国は全国の学校に教訓を伝え、事故の再発を防ぐ狙いだ。

文科省は取材に、17年度までの2年間に56件の死亡事故を把握しながら、詳細調査の報告書は4件しか提出されていないと明らかにした。残り52件は、事故の大まかな概要のみ説明。

自治体名などを明かさないため、朝日新聞は過去の報道などから31件を特定し、事故後の対応を調べた。

すると、詳細調査をしていないのは27件もあった。調査を終えたが、文科省が把握していなかったのが2件、報告の準備中が1件、調査中が1件あった。詳細調査をしない理由は「保護者の要望がなかった」「警察の捜査が行われた」など。調査を望むか意向を聞かれていない遺族もいた。

指針は事故に遭った遺族や保護者らに対し、誠意をもって支援を継続していくことを求めている。背景には、学校で重大事故が起きても、遺族らが望む検証と十分な情報提供が行われなかったことがある。

「全国学校事故・事件を語る会」の代表世話人で、長男をラグビー部の活動中に熱中症で亡くした宮脇勝哉さん(61)は「ようやく指針ができたが、相談を寄せてくる遺族らの多くは現状に納得していない。きちんとした対応がとられず、『私たちの人権は守られていないのではないか』と感じている。遺族らが求めているのは事実の解明だ」と話す。

指針が徹底されていないことについて、文科省の担当者は、調査すべき事故で実施されていない例や報告漏れがあると認めつつ、「教育委員会の独立性も尊重する必要がある。指針に強制力はなく、周知に努めていくしかない」と述べる。集まった教訓をどう生かしていくかも「具体的な方法は決まっておらず、今後の課題」としている。

溺れて亡くなった息子 「分からないことだらけ」

「事故は息子のせいで起きたというのか」

金沢市の松平忠雄さん(48)は、17年11月に石川県立高校1年だった航汰さん(当時15)を亡くした。野球部の試合中、近くの川に落ちたボールをすくおうとして転落し溺れた。

事故後、ネットに「勝手に落ちた」「どんくさい」など航汰さんを中傷する言葉が出た。現場ののり面は傾斜が急で、過去に近くで小学生も亡くなっていた。それでも、落ちたボールを網で拾うのは野球部の慣習になっていた。

忠雄さんが事故原因などを学校に尋ねる中で、15年に野球部の監督がボールを拾おうとして川に落ち、マネジャーに救助されていたことが分かった。その後は川沿いのガードレール越しに網ですくうことになっていたが、県教委は取材に「指導が徹底されていなかった」と説明した。

事故後、学校は教職員らへの聞き取りをする基本調査をしただけで、県教委は詳細調査をしなかった。遺族が調査を求めることができるとの説明は、忠雄さんにはなかった。県教委は取材に、説明しなかったことを認め、「遺族への対応は校長に任せ、それ以上の説明が必要と認識していなかった」とする。

忠雄さんは「どんな安全策をしていたのか、落ちた後にどう助けようとしたのか。今も分からないことだらけで、調査を求めることができると教えてくれれば、当然要求した」と語る。「そもそも危ない川でボールを取らせることが必要だったのか。物も大切だが、命より大切なものはない」。そうした思いを込めて、事故後、野球部に2ダースのボールを寄贈した。

「失念」 報告書を国に提出しない県教委

文科省の指針では、治療期間30日以上などの重大事故も、保護者の意向を踏まえて教育委員会などが必要と判断すれば、学校が基本調査を実施する。その後、詳細調査に移る流れは死亡事故と同じで、文科省に報告書が届いたのは6件。

群馬県伊勢崎市の中学校の校庭で17年8月、駅伝大会に向けた朝の練習中、1年の女子生徒が熱中症で倒れ、左足が動かなくなる後遺症が残った。市教委は詳細調査を行ったが、報告書を受けとった群馬県教委は朝日新聞から指摘を受けるまで文科省に報告していなかった。「失念していた」(担当者)という。

報告書によると、教員は遅れた生徒たちに指導する際、「ばか」「足を休めるな」と声をかけていた。水分補給の時間を十分に設けず、体調不良を訴える生徒も相次いでいた。倒れた生徒を教員がトラックの内側に移動させて給水させようとしたが、飲めない状態だった。教員たちは応急処置をしていて、救急車を呼ぶまでに9分かかっていた。

両親は取材に「なぜ日陰に移動させなかったのか。なぜ多くの教員がいたのに通報に時間がかかったのか。事故時の状況を全く掘り下げていない」と話し、報告書の内容にも納得できていない。

(塩入彩、赤井陽介)

文科省の指針作成に関わった京都精華大学の住友剛教授(教育学)

指針は、従来の「事態の沈静化」を念頭に置いた学校対応から、「事実を明らかにし、共有する」対応への転換を目指したものだ。だが、現状は教育委員会や学校の現場で指針の趣旨が理解されておらず、文科省も理解してもらう努力をしてきたのか疑問に感じる。

まずは文科省が指針を周知徹底させるとともに、全国の状況を正確に把握することが必要だ。すでに集まった報告については、有識者による検証を早急に行うべきだ。検証の質を高めるため

には、実務を担う専門家の養成も欠かせない。

文科省をはじめとする教育行政が、検証をしない口実ばかりを探していては、事故は防げない。子どもの安全確保の責任を負っている自覚を強めてほしい。

文科省の指針作成の有識者会議座長だった渡辺正樹・東京学芸大教授(安全教育学)

以前は重大事故が起きた後の統一的な指針がなく、遺族が望んでもすぐに検証が行われないなど、学校の対応でつらい思いをする遺族もいた。指針ができたことで基本調査を速やかに行うよう方針が示され、それを基に詳細調査をする例もでてきた。

しかし、詳細調査をしたのに、文科省に把握されていない事例があるのは問題だ。各教委や担当課にまだ十分指針が浸透していないのではないか。基本的に学校管理下で起きた事故は、調べる姿勢でいてほしい。保護者への説明をしっかりするべきことも、指針に書かれている。

文科省は有識者会議を立ち上げるなどし、現状を分析する必要がある。指針がきちんと運用されているか、運用する中で問題はないかを検証し、必要に応じて見直していくべきだ。

シェアShare on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

Post Navigation