平成30年2月3日朝日新聞

導死、かつての自分を重ね 「あの環境は異常だった」

 指導死_桜宮

大阪市立桜宮高バスケットボール部OBの谷豪紀さん。今でも「練習に行かなきゃ」と夢に見ることがあるという=1月20日、東京都品川区、池田良撮影

小さないのち 悲しみと歩む

「後輩が亡くなった。新聞を見て」。2013年1月、大阪市立桜宮高校の卒業生、谷豪紀さん(24)は、高校のバスケットボール部の同期生から連絡を受けた。2年下の後輩で、バスケ部の主将だった男子生徒(当時17)が前年末、顧問の男性教諭から体罰を受けた翌日に自ら命を絶ったと、記事は伝えていた。

中学時代から活躍し、入学前から話題になるほどの後輩だった。素直で明るい姿が記憶に残る。谷さんは信じられないと感じる半面で、「やっぱり、あそこの環境って異常だったんだな」と思った。

谷さんも高校時代、体罰を含め疑問を感じる指導を受けた。悪いことをしたから怒られるわけではなく、言われたプレーができないと、顧問の教諭に平手打ちされた。生徒には「暴力は厳禁」と言いながら、教師の暴力は許されることが理不尽だと思った。

あるとき、他部の体罰が発覚した。顧問は冗談めかして「教育委員会に言うなよ」と言い、部員たちも笑ってやり過ごしていた。

谷さんはそんな雰囲気に違和感を感じていた。指導が明らかに間違っていると感じ、顧問に疑問を呈したこともある。すると正座を数時間させられ、平手で何度もたたかれた。雰囲気に染まらない谷さんは、顧問から「お前は頭がおかしい」と言われ続けた。

授業の中に部活動に取り組む時間もあり、部活を辞めることは考えられなかった。他の部に入り直そうにも、顧問や部の仲間が許してくれるとは思えず、親にも心配をかけたくなかった。

顧問からの体罰に苦しみ、自ら命を絶った大阪市立桜宮高校のバスケットボール部員。その2年先輩にあたる男性が、ブログなどで当時の体験や思いを発信するようになった。教師の体罰や叱責が生徒を死に追い詰める「指導死」をなくすため、自分の役割を感じ始めている。

海の向こうの四国に逃げようと思った。1年ぐらい姿をくらませれば、自分のつらさが分かってもらえると思った。中途半端だと連れ戻されると考え、「完全に消息を絶つ」計画を立てた。高速バスを予約する直前、寮の先輩に「最近、元気ないね」と声をかけられ、思いとどまった。

後輩の死を知り、かつての自分を重ねた。「僕にとっての『四国に行く』は、彼にとっての『死ぬ』と同じだったのかもしれない」 大阪地裁は13年9月、傷害と暴行で元顧問=13年2月に懲戒免職処分=に猶予付きの有罪判決を出した。遺族が大阪市に損害賠償を求めた民事裁判の判決は、当時の顧問の暴行や暴言を「著しい精神的苦痛をもたらす虐待行為」とした。体罰を含む厳しい指導が生徒を死に追い込む「指導死」が注目されるきっかけにもなった。

桜宮高校ではいま、部活動を複数の顧問が見たり、練習時間や体罰の有無を生徒に尋ねるアンケートをとったりしているという。

大学生になった谷さんはブログを始めた。個人でも意見を発信できることに気付き、後輩について書こうと思った。2年前、桜宮高校のOBだと名乗り、当時の部活の様子や、優しかった後輩の人柄をつづった。

ブログを読んだ人たちから少しずつ声が届いた。体育教師を目指している人からは「体罰の残酷さを改めて認識できました」。同じく指導死の遺族からは「状況を知る方が内部のことを語ってくださるのは本当にありがたい」と寄せられた。

昨秋、その遺族に声をかけられ、指導死の遺族が集まる会で体験を語った。

「なんでみんな反抗しないんだろうと思っていたけど、(自分は)マイノリティー(少数者)だった。今も同級生に『あれ、おかしかったよね』と言うのって、相当勇気がいります」

たまたま桜宮高校にいただけの存在だと思っていたが、最近は当時の空気を知る立場から発信することの意味を感じている。「個々の力では何も

できない。いろんな人が集まって訴えないと解決しない」。いつか当時の部員とも、腹を割って話し合えたらと願っている。教職員組合などから講演の依頼も受けるようになった。

指導死をなくすには、学校が多様性を認める必要があると感じている。生徒にも教師にも一つの型を強制するからひずみが出る。嫌なものは「嫌だ」と言える学校の環境になってほしい、と。

体罰をある程度はやむを得ないと考えている人たちから「あの学校で強くなった」という声を聞くこともある。でも、こう考える。99%の人が成功したとしても、1%が命を落とすのは、教育とは言えない。

昨年12月23日、後輩が亡くなって5年の命日に遺族に初めて会った。谷さんは発信することで傷つけていないか不安だったが、「ありがとう」と言われ、ほっとした。部活で悩む息子と必死に向き合っていた両親の様子を聞き、また悔しさが募った。

父親(48)は取材に「本来なら遺族の私たちが活動したい気持ちはあるが、難しい。身近にいて、息子を見てくれていた先輩が語ってくれたのはすごくうれしい」と話した。(山本奈朱香)

 

追い詰めるのは暴力だけではない

教師の暴力や言葉の指導などで生徒が自殺に追い込まれる「指導死」。遺族らは再発防止を願って文部科学省への申し入れや啓発活動などを続けているが、指導死の正確な実態が分かる国の統計はなく、なくすための取り組みは十分とはいえない。

桜宮高校の事件を機に、「体罰」の名で行われる教師の暴力を容認しないという社会的な風潮は強まったようにみえる。だが、子どもの心を追い詰めるのは暴力だけではない。

教育評論家の武田さち子さんが新聞記事などで調べたところ、1989年以降、指導死とみられる自殺は64件あった。そのうち86%にあたる55件には暴力が絡んでいなかった。宿題提出や生徒会活動の準備の遅れを理由に厳しくしかられたり、誤った万引き記録に基づき「私立高に推薦できない」と告げられたり、ネットでの書き込みについて言い分に耳を傾けてもらえないまま削除させられたりと、さまざまな背景やきっかけがある。

どんな指導が子どもを死に追いやったのか、過去の事例を検証し、再発防止につなげる取り組みが必要だ。教育現場でも、教師の言動が子どもを死に追い詰めてしまうおそれがあることを直視すべきだ。子どもの言い分に耳を傾けているか、失敗を責めるような指導をしていないか、成長を考えた指導をしているか、教師一人ひとりが子どもと向き合う前に考えてほしい。=おわり(片山健志)

「悲しみと歩む」はこれで終わります。ご意見をasahi_forum@asahi.comか、03・5541・8259(ファクス)、または〒104・8011(所在地不要)

朝日新聞社オピニオン編集部「小さないのち」係にお寄せください。

シェアShare on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

Post Navigation