2016年11月4日 中国新聞社

推薦基準変更きっかけ 第三者委が報告書提出 教育的視点欠く

広島県府中町立府中緑ケ丘中3年男子生徒=当時(15)=が昨年12月、誤った万引記録に基づく進路指導後に自殺した問題で、町教委が設けた第三者委員会は3日、学校推薦の基準変更で男子生徒が志望校を受験できなくなったことが自殺のきっかけだったとする報告書をまとめ、町教委に提出した。推薦基準を機械的に運用し、教育的視点を欠いていたとし、学校運営に問題があったと結論付けた=23・25面に関連記事。(長久豪佑、山田太一)

担任教諭が誤った万引記録を基に推薦を出せないと伝えた点について報告書は「生徒は親にどう伝えればよいか苦悩したと思われる」と指摘。男子生徒が万引をしていないと言い出せなかった理由は「教員と信頼関係が築かれておらず、適切なコミュニケーションが成立しなかった」とした。その上で「複数の要因を背景として自死に至った」と判断した。

同中では、問題行動が多発した時期があり、入試を控えた昨年H月、推薦を出すかどうかの判断基準とする非行歴を例年の「3年時のみ」から「1~3年時」に広げた。担任は男子生徒の非行歴を調べ、校内のデー夕に残っていた誤記録を基に指導したとされる。

報告書はこの点に関し「進路指導を検証すると、推薦基準を機械的・形式的に運用した問題点が見いだせる。生徒一人一人の状況を踏まえ総合的に判断するという教育的視点を欠いている」と批判した。

この日は、委員長を務める古賀一博・広島大大学院教育学研究科教授が高杉良知教育長に報告書を提出。「各教員が自分の問題とし捉えてほしい」と求めた。高杉教育長は「真摯に受け止めたい。再発防止もしっかり実行する」と述べた。

生徒の両親は代理人を通じ「個々の先生がこの報告をどう受け止め、どう対処するか見守っていきたい」とのコメントを出した。

報告書骨子

〇自死のきっかけは、推薦・専願基準の運用変更で、生徒の志望校の専願受験が認められなかったことと考えられる。

〇推薦・専願基準を機械的・形式的に運用した。生徒ー人一人の状況を踏まえ総合的に判断するという教育的視点を欠いた。

〇生徒と教員の間に日常的な信頼関係が十分に構築されておらす、学校が 共感的なサポートをしなかったなど、複数の要因を背景に自死に至った。

〇学校運営に大きな課題かおる。生徒に寄り添った進路指導が十分でなく、強権的・抑圧的な指導に陥り、信頼関係を築く姿勢が不十分たった。

生徒自殺の原因究明には至らず
解説
第三者委員会の報告書は再発防止に力点を置き、進路指導の問題点に踏み込んだ一方で、生徒が自殺した原因を突き詰めるには至らず、限界も示した。
委員会は、2月に学校がまとめた調査報告には頼らない姿勢で、独自に生徒アンケートや聞き取りを重ねた。しかし新たな事実は出ず、この日の記者会見ではしばしば「学校の報告書の通り」と説明。生徒との面談の様子も「担任の報告に大きな食い違いはない」と学校報告を追認した形だ。 なぜ自殺に至ったかという最大の課題に対する説明も、「原因」という言葉は一切使わず、「複数の要因が背景」とした。具体的な責任の所在も不透明なままのもどかしさが残る。
一方で、学校推薦基準の運用は、学校報告にない法的視点なども加えて批判。
1年生時の非行を挙げるのは「14歳未満の責任を認めない刑法、少年法の無理解」「不利益処分の遡及」と指弾した。
町教委や県教委に「指導・助言が不十分」と苦言を呈しただけでなく、私立高の推薦制度にも踏み込んで課題があると警鐘を鳴らした。教育界全体に対する委員会のメッセージとなった。
(田中伸武)

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府中町の中3自殺 昨年12月8日、府中町立府中緑ヶ丘中3年の男子生徒=当時(15)=が自宅で自殺した。学校側が「1年時に万引をした」との誤った記録を基に、私立の志望校入試で推薦をしないと伝えた後だった。複数の教員の内規違反が重なって誤記録が引をした」との誤った記録を基に、私立の志望入試で推薦をしないと伝えた後だった。複数の教員の内規違反が重なって誤記録が引き継がれていたことなど不適切な対応が相次いで判明。町教委は第三者委員会を設け、自殺の背景と原因究明▽学校と町教委の対応検証▽再発防止策-などを諮問した。

(23面)

「誤り認められた」府中町中3自殺

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委員とともに記者会見に臨み、報告書について説明する古賀一博委員長(中)

<男子生徒の自殺問題の経緯>

2013年10月 別の生徒が万引。学校のデータに誤って当時1年生の男子生徒の名前が記録される

15年11月20日 高校入試の推薦・専願基準の運用変更を決定。 1年生時までさかのぼり、非行歴があった生徒の推薦・専願を認めないこととする

12月4日 担任教諭が1年生時の資料を調べ、志望校への推薦ができないと男子生徒に伝える

12月8日 三者懇談に男子生徒は出席せず、自宅で自殺

12月9日 全校集会で急性心不全と説明

12月10日 万引記録が別人だったと判明

16年3月8日 学校と町教委が保護者説明会を開き男子生徒が自殺だったと報告

3月9日 文部科学省副大臣が来町、調査

3月31日 町教委が委嘱した第三者委員会が初会合

11月3日 第三者委員会が報告書提出

遺族、報告書に心境

「生徒と教員の間に日常的な信頼関係が構築されていなかった≒生徒に寄り添った進路指導が十分でなかったす。広島県府中町立府中緑ヶ丘中3年男子生徒=当時(15)=が昨年12月、誤った万引記録に基づく進路指導後に自殺した問題で3日、町教委の第三者委員会の報告書は指摘した。遺族や保護者は一定の理解を示す一方、再発防止の提言に物足りなさを指摘する声も上がった=1面関連。      (有岡英俊、明知隼二、木原由維)

防止策望む保護者も

「息子の気持ちを考えると今でも胸が痛む。家族の思いをくんで、学校側の対応がおかしかったということを認めてもらえた」。生徒の両親はこの日、同委員会から報告書の説明を受け、代理人の武井直宏弁護士を通じて報道陣に心境を伝えた。

同委員会は、教員による内規違反が重なって生徒の1年生時の誤った万引記録が引き継がれ、事実と異なる記録を基に、担任が進路面談をしていたなどとする学校の調査報告を改めて認定した。両親は「教師の言葉は重みがある。教師の接し方次第でこのような悲しい結果になることを心にとどめてほしい」と願った。

東広島市でも2012年、教諭の指導後に中学2年男子生徒=当時(14)=が一自殺した。「遺族はどうして防げなかったのかという気持ちを持ち続ける」とその父親(47)は言う。府中町の同委員会の報告書について「教諭とのやりとりや学校での様子を含め、なぜ命を絶つことになったのか納得できる内容だったのだろうか」と両親を気遣った。。

報告書は、再発防止策として、教員と生徒の信頼関係に基づく生徒指導の確立などを求めた。府中緑ケ丘一中の自殺した男子生徒と子どもがクラスメートだった会社貝男性(45)は「全く物足りない。どこかで聞いたような理想像ではなく、具体策を聞きたかった」。同校に次男が通う女性(43)は「子どもを信頼するのは大前提。教員は、その子のためにという思いを持って子どもに向き合ってほしい」と求めた。

佐藤信治町長は4日、高杉良知教育長から報告書の説明を受ける予定。「自殺の背景やきっかけがあることを深刻に受け止める。町として中身の伴った対策に取り組んでいく」とする。

広島県教委の下崎邦明教育長は「内容を精査し、速やかに必要な対応を検討し、二度と起こらないよう全力で取り組みを進める」とのコメントを出した。

推薦基準見直す″中緑ヶ丘中

府中緑ヶ丘中は昨年12月の男子生徒の自殺を受け、本年度から私立校入試の校長推薦の基準を変更するなど進路指導の在り方を改善している。

推薦を出すかどうかの基 準は入試を控えた昨年11月、3年生時だけでなく、1年生時にまでさかのぼって非行歴がある場合には推薦を出さないと変更したが、現在は生徒の成長を踏まえて総合的に判断するように見直した。アンケートをして保護者の意見も採り入れ、本年度初めに生徒や保護者に考え方を示した。

受験先などを決める生徒、保護者、担任の三者懇談は例年12月上旬に開くが、本年度は11月初めにも開催。よりきめ細かい指導を目指す。

教職員は4月以降、男子生徒の月命日に黙とうして始業する。PTAは、本年度から有志がボランティア組織「緑の輪」をつくり、校内の清掃や草刈り活動をする。「地域で支える意識が強まった」と話す保護者もいる。  (田中伸武)

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検証十分といえず

「指導死」親の会の大貫隆志代表世話人の話

学校側の当時の対応を厳しく指摘している点は評価するが、自殺の背景を「複数の要因」としたのはあいまいで、一検証の役割を十分果たしたとはいえな い。だから、再発防止策も総花的になっているように思える。指導による生徒の自殺が全国で相次いでいることをもっと重く受け止めてほしい。また、自殺の背景で生徒「パーソナリティーの特性」を挙げたことはヽ同じく子を失った親としてたまらない。追い込まれ、正常な思考ができなくなるのが自殺だからだ。


問題点捉えた内容

東広島市の中学2年男子生徒の自殺問題で第三者委員会の委員長を務めた吉中信人広島大大学院教授(少年法)の話

任意の聞き取りで事実関係を浮かび上がらせる難しさがある中、抑圧的な生徒指導の問題をよく押さえた内容だ。ただ、再発防止策で強調している「信頼関係の構築」には注意が必要だ。多忙な教員をさらに追い詰めかねない。教員と生徒の信頼は大事だが、あくまで両者は指導する側と指導される側の関係にあり、相性が合わないこともある。教員の繁忙解消に加え、スクールカウンセラーのような第三者を有効活用できる体制整備が必要だ。


(25面)

府中町中3自殺報告書 要旨

自殺の背景・要因

自死の要因の一つで、きっかけとなったのは、推薦・専願丞準の運用変更で、男子生徒が志望する高校の専願受験が認められなかったことと考えられる。このことは、三つの点で男子生徒に動揺を与えた。第一に、唐突な進路指導の変更で驚き・戸惑いを感じ、第二に、自分なりのプランが崩れることに衝撃を受け不安を抱き、第三に、期待してくれている親に対し、どう伝えればよいか苦悩が生じたと思われる。

これに加え、男子生徒と教員の間に日常的な信頼関係が十分に構築されておらず、1年時の触法行為の確認の際に担任との間で適切なコミュニケーションが成立しなかったこと、学校が共感的・支援的なサポートを行わなかったことも自死要因の一つというのが委員会の見解である。

また、男子生徒のパーソナリティーの特性から、家族や親しい友人にも苦悩や自死を疑わせるような会話や発言は一切行っておらず、周囲は誰も気づくことなく、自死を阻止する対応ができなかった。以上のように、複数の要因を背景として、残念ながら自死に至ったと考えられる。

学校対応の問題

学校運営に大きな課題があり、万引の事実誤認につながった。生徒に寄り添った進路指導が十分ではなく、強権的・抑圧的な指導に陥り、生徒との信頼関係を丁寧に築いていく姿勢が不十分だった。

校長のリーダーシップが発揮されず、組織的対応が的確でなかった。万引の記録の際に名前が取り違えられ、ミスが発覚し、訂正の機会があったのに、必要な訂正が行われなかったなど進路指導の記録の作成、保存などが不適切だった。

推薦基準の運用

基準変更の問題もある。男子生徒たちが1年時は、推薦・専願の基準で「3年間触法行為がないこと」との要件はなかった。生徒・保護者、教員も1年時に触法行為を犯した場合は、受験の際に推薦・専願が不可となることは想定していなかった。(1~3年の全非行歴を判断材料に含めるとした)年度途中の基準変更は極めて遅すぎる不適切な対応である。

少年法の理念を踏まえると、社会で「有責性なし」とみなされたものは学校でも「有責性なし」とみなすべきだ。1、2年時の生徒の触法行為を理由に、機械的に推薦・専願を認めない不利益処分を課すのは同法の理念の無理解で問題だ。

1年時に触法行為を犯した場合に高校受験の推薦・専願が不可となるのは「不利益処分の遡及(そきゅう)適用」行為で問題だ。方針変更の説明か一切ない点や他校の進路指導との平等性・公平性を欠く点も問題だ。

進路指導を検証すると、推薦・専願基準を機械的・形式的に運用した問題点が見いだせる。問題行動かあった生徒は、自動的に推薦・専願不可となっている。生徒一人一人の状況を踏まえ総合的に判断するという教育的視点を欠いている。町教委は的確に情報把握しておらず、指導や助言が十分でなかった。県教委も町教委の指導状況の把握が十分でなく、的確な支援策が提供されなかった。

再発防止策 

校内の会議や指導上の重要な記録は、速やかに作成・保管し、管理職などの確認が徹底できる体制つくり▽全教員が共感的姿勢で生徒・保護者の声に耳を傾け信頼関係の構築▽町教委は各学校と情報共有し、速やかな指導・助言、援助ができる体制の整備-などに取り組むべきだ。

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