平成31年1月16日付毎日新聞

奄美の中1自殺原因、一転「教職員からの指導」

鹿児島県奄美市で2015年11月に市立中1年の男子生徒(当時13歳)が自殺した問題を巡り、自殺原因を「不明」としていた同市教委が一転「教職員からの指導」と認めたことが、関係者への取材で判明した。昨年12月に市の第三者委員会は直前の担任による指導が原因だったとする報告書を提出していた。市教委は近く文部科学省への報告を修正する。

第三者委によると、要田憲雄・市教育長は生徒が自殺した翌日の臨時校長研修会で「いじめた側の子が責任を感じて自殺した」と説明。生徒の自殺直後に学校が実施した基本調査では「原因は特定できなかった」とし、文科省の生徒指導に関する統計調査でも市教委は16年に「生徒が置かれていた状況は不明」と報告していた。

しかし、調査を進めてきた第三者委は、担任の男性教諭が「同級生に嫌がらせをした」と思い込んで男子生徒にした指導とその後の家庭訪問での対応が不適切で、生徒を追い詰めたと判断。昨年12月に市に提出した報告書で「亡くなった理由を正確に公的記録に残すことは、市教委と学校が事実に向き合うために不可欠」と市教委に文科省報告の修正を求めていた。

市教委の元野弘・学校教育課長は毎日新聞の取材に対し「基本調査などで自殺原因が特定できず『不明』と報告していた。第三者委の提言を真摯に受け止めて、修正を決めた」と話した。文科省によると修正は異例。

生徒の父は「学校や市教委は、自殺直前に担任が指導していたと当初から知りながら『不明』と報告し、事実関係をあいまいにして責任逃れをしようとしていたのではないか。学校や市教委は自ら検証すべきだ」と語った。【樋口岳大】

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平成30年12月11日付朝日新聞

調査求めた父、校長は「金目当てと…」 奄美の中1自殺

鹿児島県奄美市で2015年、市立中1年の男子生徒(当時13)が自殺し、その問題を調べていた市の第三者委員会は、生徒をいじめの加害者と誤認した担任教諭の指導や家庭訪問で心理的に追い詰められた末の自殺と認定した。学校や市教委の対応も不適切と指摘した。

  「過ちが繰り返されないように、息子の死と真剣に向き合ってほしい」。自殺した男子生徒の40代の父親は訴える。

「まじめで努力家。やさしい性格だけど、弟を泣かせることもある普通の、かわいい子」。涙をぬぐい、父親は続けた。

釣り好きで、海に連れて行くと喜んだ。幼いころからサッカーが好きで、中学でゴールキーパーの正選手に。自殺前日も試合に出た。翌朝、並んで歯磨きをした母親が「大きくなったね」と声をかけると笑顔をみせ、買ってもらったばかりのスパイクを手に元気に登校した。

その夜、悲報が届いた。「誰に聞いても変わった様子はなかった。自殺は冗談だと思った」と、父親は今も信じられない。自殺の原因について学校側は「不明」と繰り返したが、市内の校長を集めた会議で市教委は「いじめた側が責任を感じて自殺した」と説明した。「うつ病」「自殺願望があった」など我が子の名誉を傷つける根も葉もないうわさが地域に流れ、「傷ついた家族に追い打ちをかけられ、本当にきつかった」と振り返る。

第三者委員会での調査を求めると、校長から「(遺族が)金目当てと言われる」「生徒が動揺する」などと再考を促された。「不手際を追及されたくないのだろうな」と感じ、怒りを抑えるのがやっとだった。

第三者委の報告書は、いじめの加害者の疑いを晴らし、自殺は担任の不適切な指導が原因とした。だがこれからが本当のスタートという気持ちだ。何を誤り、どうすべきだったか。学校や市教委自らが検証し、再発防止に向けて本気で動く。「それだけが遺族の願いです」(外尾誠)

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平成30年12月9日付毎日新聞デジタル

奄美中1自殺 父無念「担任が話聞いてくれれば」 生徒、作文で「生きることに感謝」

「担任が、息子や同級生たちの話をしっかり聞いてさえいれば、息子は死なずに済んだ」。死亡した男子生徒の父は、遺影の前で無念を語った。

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サッカー部でゴールキーパーとしてプレーしていた男子生徒のスパイクとグローブ。生徒は亡くなる前日にも試合に出場していた=鹿児島県奄美市で樋口岳大撮影

男子生徒は真面目で責任感が強く、勉強熱心で成績も良かった。小学1年からサッカーを始め、中学のサッカー部ではたった1人のゴールキーパーとしてチームを支えた。

亡くなる前日もいつも通り試合に出場していた。残されたグローブは、繰り返しシュートを受けて擦り切れ、大きな穴がいくつも開いている。家族は仲が良く、生徒は学校での

出来事をよく話していた。

男子生徒が亡くなる約2カ月前の2015年9月15日にも、11月2日に欠席した同級生が授業後に泣きだしたことがあった。報告書によると、担任は「嫌なことがあったら話すように」と言い、同級生は生徒10人の名前と行為を挙げた。その中に「消しゴムのかすを投げる」と男子生徒の名前が挙がり、担任は生徒を指導した。

生徒は帰宅後、母に「同級生がちょっかいを出してきたのに自分が怒られた」と不満を述べていた。11月4日に指導を受けた後の下校時にも友人に「意味が分からない。

前もあった」「何で分かってくれないのか」などと語っていた。帰宅後に担任が家庭訪問した時、祖母が様子を見に行くと男子生徒は号泣していた。直後、生徒は命を絶った。

「なぜ、息子は自殺をして罪を償うというところまで追い詰められなければならなかったのか。疑問に答えてほしい」。昨年5月の第三者委初会合で、父はそう訴えた。

第三者委の聞き取りでは、日常的に暴力や暴言などがあった担任の指導が複数の生徒の証言から浮かび上がった。「ベルトをつかまれ、突き飛ばされた」「怒って教卓を倒した」「部活の練習でミスをした女子生徒にボールを当てた」「たばこの吸い殻の入ったコーヒー缶を顔付近めがけて投げられた」……。男子生徒らへの指導の際にも担任は

別の生徒をたたいていた。

11月4日の指導では男子生徒は当初、自分が同級生にしたことを思い出せない様子で、担任も「本当にちょっかいを出したのか」と疑うほどだった。しかし、担任はその後も謝罪をさせたり、叱責したりしていた。

父は「担任の高圧的な姿勢が、無実の人に自白を迫る誤った指導につながった」と感じている。

◇   ◇

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男子生徒の仏前には、生徒が好きだった郷土料理の鶏飯(けいはん)と刺し身が供えられていた=鹿児島県奄美市で樋口岳大撮影

男子生徒が毎日欠かさなかった自宅学習のノートにはびっしりと丁寧な文字が書きこまれている。一方、男子生徒の遺書は、同じ人物が書いたとは思えないほど乱雑で、殴り書きした筆跡だった。

第三者委は遺書などから、人一倍責任感が強かった生徒が「言われなきこと」で担任から「(同級生が)学校に来られなくなったらお前ら責任取れるのか」と叱責されるなどし、心理的圧力を感じたと推察。さらに、家庭訪問で担任から「誰にでも失敗はある」などと言われたことで、男子生徒は、同級生をサッカーに誘うなど関係を保とうとした努力が否定され

「これが失敗なら、これ以上どう頑張れというのか。もう、死ぬしか責任を果たせない」という怒りや絶望感を抱いたのではないか、と考察した。

◇   ◇

男子生徒は、亡くなる1、2カ月前の作文に、曽祖父から戦争体験を聞き「僕は、生きていることに感謝するようになった」と書いていた。戦争で左腕を失った曽祖父が右腕だけで抱きかかえてくれたことに感謝し「両腕以上の愛情で支えてくれた」と記していた。

「息子は命の大切さも、家族から受けた愛情も十分に感じていたのに、命を絶たなければならなかった。同じことはどこでも起こりうる。どの先生も子供を追い詰める可能性があることを肝に銘じ、子供の立場に立って考えてほしい」。生徒の遺書と、作文を見つめ、父はそう訴えた。

■   ■

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自殺した中学1年の男子生徒が書いた作文=2018年12月、森園道子撮影

 

<男子生徒が亡くなる1、2カ月前に書いた作文>

語り継がなければならないこと

僕のひい祖父は、日本のために戦った一人であった。

ひい祖父が若い頃、赤紙が届いてフィリピンに行ったそうだ。写真を見れば、堂々としていて、男らしかった。

戦場に行ったが、左腕を無くして帰ってきたそうだ。左手に銃弾が貫通し、その後、破傷風になり、自ら左腕を切り落としたという。

だが、ひい祖父はどんなときも決して涙を見せることはなかったという。

そして年月がたち、僕が生まれた。ひい祖父はとても喜んでいたという。僕は成長していった。ひい祖父は僕と毎日遊んでくれていつも笑顔だった。とても幸せそうな毎日だった。

そんなある日、ひい祖父は戦争について語ってくれた。空は米軍の飛行機、海は戦艦、陸上では銃弾が飛びかっていたという。また「絶対に戦争はしてはいけない。戦争をしても何もいいことはない。今はとてもいい世の中だ。幸せだ。お前は生きていることに感謝しろ」と、ひい祖父はよく語ってくれた。だが、ひい祖父も年をとり、しゃべれなくなっていった。

僕は、生きていることに感謝するようになった。

あなたは、一分、一秒を大切にしていますか。生きていることに感謝していますか。

今、友達と遊んだり、会話をしたりしているのが僕の日常生活だ。あたり前のように感じるかもしれないが、戦争が起きている頃の時代の人々は、いつ友達や家族がいなくなるか分からないというのが、この頃の人々の日常生活なのだ。今、僕達はお金があれば何でも手に入る。

しかし、お金で買えないものもある。

一つは、命。ひい祖父は、僕に戦争について伝えることで、命の大切さを教えてくれた。戦争に行った友人も亡くなり、身内も襲撃されたという。戦争に対する怒り、悲しみは、はかりしれないものだと思う。

だから、僕は、大切なものをすべて失うからもう二度とやってはいけないと思う。

二つ目は、愛情だ。ひい祖父は片腕しかないのに、僕をよく抱きかかえていたという。そして、僕がふざけて高い所から落ちそうになったときに片腕で支えてくれた。僕にとっては、両腕以上の愛情で支えてくれたと思う。

ひい祖父は、僕が六年生の頃の十二月に、家族に見守られながら亡くなった。僕もひい祖父の死に立ち会うことができた。とても落ち着いた表情だった。心の中でありがとうと言った。

戦争に行ってつらい思いもたくさんしてきたと思うが、僕に語ってくれたことを僕は、語り継がなければならない。

 

奄美市の第三者委が認定した男子生徒の自殺を巡る主な経過

2015年9月15日 同級生が授業後に泣いた。担任に「嫌なことがあったら話すように」と言われ、同級生は男子生徒ら10人の名前と行為を挙げた。男子生徒には「消しゴムのかすを投げられた」とした。担任は放課後に10人を指導し、同級生に謝罪させた。男子生徒は、友人や家族に「同級生からやってきたのに、自分が怒られた」と不満を述べた

10月5日 男子生徒が家族に、担任について「意味の分からないところで怒る。目を見るのが怖い」などと話す

11月2日 同級生が欠席。同級生の母親が担任に「友達に嫌がらせを受けるので行きたくないと言っている」と伝えた

3日 男子生徒はサッカーの試合に出場

4日朝 同級生が登校。担任が紙を渡し「他の生徒からされた嫌なことを書くように」と告げる。同級生は、男子生徒を含め5人からされた行為を記入。男子生徒については「別の生徒が男子生徒に方言を教えて一緒に言ったりする」などと書く

昼 男子生徒が別の教室にいた同級生に給食を持って行き、「サッカーをしよう」と誘う

放課後 担任が生徒5人を指導。担任は男子生徒らに紙を渡し、やったことを書かせたが、男性生徒は何をしたのか思い出せない様子で、担任も「本当にちょっかいを出したのだろうか」と疑うほどだった。男子生徒は「自慢話の時、『だから何?』と言った。話を最後まで真剣に聞けていなかった」と書いた。担任は「責任取れるのか」などと5人を叱責し、謝罪させる。

男子生徒は「意味分からんこと言ってごめんなさい。これからも仲良く遊びましょう」と言い、泣く。男子生徒は下校時、友人に「意味が分からない」などと不満を言う午後5時40分ごろ 男子生徒帰宅

同6時ごろ 担任が事前連絡なしに男子生徒宅を訪問。生徒に「誰にでも失敗はあることなので、改善できればいい」などと言い、生徒は泣いていた。自宅は両親不在で、祖母らしかいなかった

同6時55分ごろ 帰宅した母親が首をつっている男子生徒を発見

5日 市教委が臨時校長研修会で「いじめた側の子が責任を感じて自殺した」などと説明

9~12日 市教委が教職員30人から聞き取り

18~27日 中学の教員が、サッカー部員と同じ学級の生徒、同月4日に担任から指導を受けていた生徒らから聞き取り

30日 校長が市教委に「(自殺の)原因は特定できなかった」とする基本調査報告書を提出。担任による指導の具体的な内容には触れず

16年1月8日 市教委が全校生徒にアンケート。「男子生徒がいじめてるとか見たことがない」などの回答。教員について「いきなり切れてたたく」「暴力を振るう先生が何人もいる」などの回答も

5月19日 遺族が市に第三者委の設置を申し入れ

8月16日 校長が遺族に「第三者委設立を(市に)お願いすることを再考できないか」などと発言

17年5月14日 第1回第三者委開催

18年12月9日 第三者委が市に報告書を提出

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平成30年12月9日付朝日新聞デジタル

奄美の中1自殺、担任の誤解による指導が原因 第三者委

鹿児島県奄美市で2015年11月、市立中1年の男子生徒(当時13)が自殺し、その問題を調べていた第三者委員会が9日、報告書をまとめ市に提出した。生徒をいじめの加害者と思い込んだ担任教諭による指導と家庭訪問によって、心理的に追い詰められた末の自殺と認定。対応を担任に一任し、十分な事実確認をしなかった学校側の対応についても「拙速で不適切な指導につながった」と厳しく批判した。

市が設けた第三者委(委員長=内沢達・元鹿児島大教授)は弁護士や精神科医ら6人で構成。17年5月から学校関係者や当時の生徒らに話を聞き、22回の会合を重ねた。

報告書によると、男子生徒は15年11月4日、同級生に嫌がらせをしたとして、他の生徒4人とともに担任から「(同級生が)学校に来られなくなったら責任をとれるのか」などと叱責された。下校後、事前の連絡なく家庭訪問をした担任が帰った直後、遺書を残して自宅で自殺した。

生徒が指導の対象となったのは、嫌がらせを苦に学校を欠席した同級生に提出させた「嫌なこと」の中に、悪口を言った1人として名前が出たためだった。

実際は、生徒が発した方言が悪口のように誤解されただけで、第三者委が「いじめとは到底いえない」とする内容に過ぎなかった。生徒は約2カ月前にも担任から同じ内容で謝罪を強いられたが、同級生を遊びに誘うなど気遣っていた。一連の指導に「意味が分からん」と周囲に不満を述べていたという。

報告書は、まじめで責任感が強かった生徒にとって、責任を問う担任の叱責(しっせき)は「心の重荷」になったと分析。さらに家庭訪問で親に言うほどの問題だと思わされた上、家庭訪問の際に生徒にかけたとされる「誰にでも失敗はある」との言葉で、自分の気遣いなどが否定されたように感じたのだろうと指摘。こうした担任の対応が生徒を「(心理的に)追い詰めたことは明らかで、自殺の原因」と結論づけた。

9日の記者会見で、第三者委のメンバーは、いじめが疑われる事案の基本とされる学校として組織での対応がなかった点について、「一人でやると思い込みにつながる」と指摘。

自殺翌日、市教委が「いじめた側が責任を感じて自殺」と関係者に説明した点にも触れ、学校側の責任を回避する意図があった可能性も示唆した。

内沢委員長は「教師はいつも正しいという見方を改めてほしい。市教委や学校自らが検証しないと同じことが繰り返される」と訴えた。

遺族は「息子がいじめに関わった訳ではないとの報告に安堵したが、まだ心の整理ができていません」とのコメントを発表した。(外尾誠)

 「善意」で誤った指導、子どもの自殺招く 懸念が現実に

鹿児島県奄美市の男子中学生の自殺を調査した第三者委員会が強く訴えたのは、「生徒の立場に立った指導をしなかったことが問題の本質」ということだ。委員長の内沢達・元鹿児島大教授は「子どもへの向き合い方を根本から変えていかなければ、また同じようなことが起きる」と危機感をあらわにした。

2013年9月に施行された「いじめ防止対策推進法」は、学校側が子どものSOSに気づかないまま、「トラブル」だと過小に扱った結果、いじめによる自殺といった悲劇が起きたという反省から生まれた。同法をきっかけに、「いじめをしっかり把握し、早い段階で芽をつもう」という対応が学校現場で積極的に進められるようになっている。文部科学省の

まとめによると、小中高校などから報告されているいじめの件数は17年度に41万4378件あり、前年度より約9万件増えた。

その一方、同法は「被害者」の保護と、「加害者」への指導を求めている。施行時から、対立軸に分けて過剰に対応すれば、かえって子どもたちを追い詰めるのではないかと心配されてきた。今回の第三者委の調査も、「いじめを見つけ、解決のために指導しなければならない」という善意によって、男子生徒が自殺に追いこまれたと結論づけた。

いじめに詳しい、小野田正利・大阪大教授(教育制度学)は「よかれと思った指導が子どもを追い詰め、懸念されていたことが現実となってしまった」と話す。「学校も、誤った指導に気づけなかった。子どものことを一番に考え、実態に合ったいじめ対策を考えなければならない」と指摘する。(貞国聖子)

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