2020年12月8日付朝日新聞宮城版

いじめ調査、3校68人分の回答改ざん 講師を懲戒免職

いじめ調査改ざん

記者会見で謝罪する仙台市教育委員会の担当者たち=2020年12月7日、仙台市青葉区、徳島慎也撮影

仙台市が毎年実施しているいじめの実態調査で、いじめを訴える児童の回答を改ざんしたなどとして、市教育委員会は7日、市立七北田小学校(泉区)の荒木武講師(48)を懲戒免職処分にしたと発表した。改ざんは確認できただけで3校ののべ68人分。市教委は私文書偽造の可能性があるとして、警察に相談する。

市教委によると、荒木講師は11月、自分が受け持っている児童33人のいじめ調査の回答のうち、のべ24人分を無断で書き換えたという。

2人については、調査用紙ではいじめられたことが「ある」に丸印があったのに、「ない」に書き換えていた。いじめが「つづいている」や、いじめをしたのは「おなじクラスの人」などとした丸印も消していた。

さらに22人分について、学校がいじめ防止にしっかり取り組んでいるか聞く設問で、「すこしおもう」や「あまりおもわない」の回答を「おもう」にするなど、学校の対応をより高く評価する選択肢に書き換えていたという。

11月中旬、いじめを訴える児童の保護者との面談で、荒木講師が示した回答用紙と食い違っていることが判明。保護者が回答の控えを持っていたことから、改ざんが発覚したという。

市教委の調査に対して、荒木講師は2016、18、19の各年度にも、勤務先のそれぞれの学校で同様の改ざんを認めた。18年度はのべ28人分、19年度はのべ16人分の改ざんが確認されたという。16年度は用紙が破棄され、内容を確認できなかった。

荒木講師は臨時的任用職員で、「常に評価を上げなければ、将来の任用に影響すると考えた」と説明したという。

11年の大津市の中学生の自殺を機に、仙台市も13年にいじめ調査を始めた。子どもたちの声を拾い上げるためで、毎年11月に市内全域の小中高校などを対象に実施している。

市内では14年以降に中学生の自殺が相次いだ。市教委の谷田至史・教育人事部長は記者会見で、「いじめの未然防止と早期対応に努めてきたなか、書き換えが判明した。児童、保護者の皆さまに迷惑をおかけし、不安を生じさせ、心からおわび申しあげます」と謝罪した。

学校への信頼→失望感に

「驚きと戸惑いが一番。裏切られた気持ちです」。7日夕、七北田小に通う娘を持つ40代女性は、ため息をついた。学校からの保護者向けメールで、いじめ調査の改ざんを知ったという。

娘は学校で同級生から言葉の嫌がらせを受け、しばらく悩んでいたことがあった。「先生は味方だ。何かあったら守るからね」。そう言ってくれた担任に打ち明け、担任は何度も話を聞いて見守ってくれていたという。女性よりも先に担任に相談することもあったといい、「身近にいる先生は、子どもが一番最初に頼る存在なんだ」と学校に信頼を寄せていた。親子で感謝している

だけに、今回の件には失望感が募る。

「今後、子どもが先生に話せなくなって、つらいことを抱えてしまわないだろうか」。気がかりなのは子どもの心情だ。まだ娘は、事情を知らない。「親以上にショックを受けるはず。家に帰ったら、娘になんて伝えようか……」。そう声を落とした。

一方、七北田小の菅原邦子校長は取材に対し「信頼を損ねる非常に重大な事案。子どもたちと保護者に、大変申し訳ない」と陳謝した。いじめ問題は「子供の学校生活を守るためにきちんと把握して支援や指導をしていかなければいけないもの」という認識で取り組んできたという。

8日に全校放送で臨時集会を開き、問題の経緯や今後の対応について説明する予定で、後日、臨時の保護者会も開く。「市教委の指導も受けながら、より良い管理方法を考えていきたい。

きちんと説明とおわびを申し上げ、信頼回復に努めたい」と話した。(徳島慎也、大宮慎次朗、近藤咲子)

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2020年12月2日付朝日新聞福島版

いじめ調査結果、会津坂下町に開示命令 賠償訴訟判決

会津坂下町開示1

判決を受けて会見に臨む江川和弥さん=2020年12月1日午後0時56分、県庁、飯島啓史撮影

会津坂下町開示2

判決を受け、会見で涙をぬぐいながら話した江川和弥さん=2020年12月1日午後1時8分、県庁、飯島啓史撮影

会津坂下町の中学校に通っていた長男へのいじめの調査結果が開示されなかったことをめぐり、父親が町に開示と110万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が1日、福島地裁であった。遠藤東路裁判長は町に対し、一部を除いて調査結果を開示し、11万円を支払うよう命じた。

訴状などによると、原告の江川和弥さん(56)の長男綱弘さんは2014年、中学1年の時に学校でいじめを受けて不登校になり、昨年1月に17歳で自ら命を絶った。

町教育委員会は17年、生徒や保護者を対象に、周りにいじめを受けている人がいるかなどを尋ねるアンケートをした。和弥さんは結果の開示を求めたが、回答した生徒らの個人情報への配慮などを理由に断られた。

判決は「調査結果から一部の情報を除けば特定の個人を識別できない」などとして、生徒の氏名や学年、委員会などの情報を除いて開示するよう命じた。

判決後の記者会見で和弥さんは「全面不開示とした町の判断が破棄されたのは当然」と強調。その上でこれまでの調査では事実関係が十分に解明されていないとして、町に再調査を求めていく考えを示した。

町は「判決の内容を確認した後、弁護士とも相談しながら対応を検討していく」としている。(飯島啓史)

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2020年11月30日付朝日新聞兵庫版

15年前の小5いじめ再調査へ 「隠蔽止める」父の執念

神戸市小5再調査

取材に思いを語った被害者の父親=県内

神戸市立小学校で15年前に当時小学5年の男児が同級生から暴行や金銭の要求を受けたいじめ問題で、神戸市教育委員会が再調査を決め、調査委員会が動き出した。

15年前のいじめの再調査という異例の対応は、父親(57)が市議会に陳情を繰り返してきた結果だ。なぜ父親はこだわるのか。

この問題では、父親らは加害者3人の保護者を相手取って提訴し、神戸地裁と大阪高裁がそれぞれ、金銭要求や暴力行為があったと認め、加害者側に慰謝料の支払いを命じた。

一方、市教委は当時の調査が不十分だったことを理由に、現在まで「いじめの可能性が高いが、断定はできない」との立場を示している。

「陳情が採択されてから調査委設置までにも約1年かかり、ようやく始まったという思い」。今月18日に調査委の初会合が開かれ、父親はそう話した。

神戸地裁の判決によると、いじめは2006年2月、男児が父親の財布から抜き取った1万5千円を同級生に渡すところを父親が目撃して発覚。学校は学年集会で、生徒間で「きもい」など言葉によるいじめや多額の金銭授受があったと説明。校長は市教委に「恐喝1件、いじめ1件」があったと報告していた。

だが裁判で市教委が神戸地裁で提出した回答書に父親は驚いた。「いじめと恐喝があったかなかったかは断定できない」とあったからだ。

回答書には「被害者の保護者の要望で本人に聞き取りができなかった」「被害者が転校し事実確認ができない状態が続いた」などと調査が続けられなかったとする理由が列挙されていた。

だが父親は「担任や生徒指導教諭は何度も自宅まで来て聞き取りをしていた」と話す。

「調査自体を隠蔽しているのでは」。父親はそんな不信感を募らせた。

判決の確定後、父親はいじめや部活動中の事故などの被害者でつくる「全国学校事故・事件を語る会」に入会。他のいじめ被害者の話を聞くうちに、学校や市教委がいじめを隠そうとしたと疑われるケースがあることを知った。

当事者が自殺して語れないことも少なくない。「幸い、息子は生きていて証拠もある。これを突破口にいじめの隠蔽を止めたい」。再調査を求め、11年から市議会に陳情を始めた。

「訴えても無駄か」。諦めかけていたとき、垂水区で16年に自殺した中学3年の女子生徒をめぐり、神戸市教委がいじめ内容を記した調査メモを隠していたことが報道された。

「構造的な問題だ」との思いを強め、市議会への陳情を再開。16回目の陳情が昨年初めて採択された。

父親は「調査してほしいのはいじめではなく隠蔽の有無だ」と言う。「今までやってきたのは他の子どもたちのため。被害者を黙らせることがいじめ解決になっている構造を変えたい」と話す。

市教委の担当者は「当時の担任と教頭が被害者本人から話を聞けたのは1回だけだったと話している上、昨年から被害者本人の思いを聞きたいとお願いしてきたが受け入れてもらえなかった」とする。当時の校長が市教委に提出した報告書については「いじめの疑いがあった時点で出す資料。裁判で主張が一転したわけではない」と話している。(遠藤美波)

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2020年11月23日付毎日新聞

暴言、暴力、恐喝、エアガンで撃たれ…中学でのいじめ 被害男性が今、伝えたい思い

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いじめを受けていた時期の2012年9月に中学1年だった佐藤さんが担任に提出した作文(コピー)。「いじめをなくしたい」のタイトルで被害をほのめかす内容だったが担任は気付かなかった=2013年4月10日、田中韻撮影

同級生が撃ち続けたエアガンの弾は、やがて痛みすら感じなくなり、体をすり抜けていく感覚だった――。中学時代にいじめを受けた男性が、法廷で語った耐えがたい日々。

男性は、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみながら、前を向くため、顔も名前も公表して裁判を続けている。「いじめで苦しむ子が少しでも減るような世の中になれば」。

そう言って18日に福岡高裁の法廷で男性が紡ぎ出した言葉を詳報する。【宗岡敬介】

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福岡高裁での弁論後に記者会見する佐藤和威さん=福岡市中央区の福岡県弁護士会館で2020年11月18日、宗岡敬介撮影

男性は、佐賀県鳥栖市の専門学校生、佐藤和威(かずい)さん(21)。同市の市立中1年だった2012年に同級生から繰り返し暴行や恐喝などのいじめを受けてPTSDになったとして、同級生8人と市などに計約1億2800万円の損害賠償を求めた訴訟を家族とともに闘っている。18日は控訴審の第1回口頭弁論だった。

「この度は、陳述の機会を与えていただき、ありがとうございます」。佐藤さんの意見陳述が始まった。「中学入学直後から、私へのいじめは始まりました。暴言・暴力、金銭の恐喝、エアガンで撃たれるなど、何もない日はありませんでした」。いじめは12年4月から約7カ月間続いたと訴えている。「『学校の先生に助けを求めればよかったのでは?』とも言われますが、担任の先生は私が暴力を受けている時も、見て見ぬふりをしていました。そんな先生に相談することはできませんでした。いじめに苦しむ人は、その場をしのぐことで精いっぱいで、どこに助けを求めてよいのか分かりません」。さらに「『親に相談したり、学校に行かなければよかったのでは?』と言われます。当時母は病気で入院しており、私は医者から『再発する可能性があるから、心配させないように』と言われていました。加害者から『ばれたら、母や妹に危害を加える』と脅され、親に相談することも逃げることもできませんでした」と、誰にも頼れない状況だったことを明かした。

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2012年4月から繰り返し受けた暴行で男性の左膝にできた大きなあざ。同年10月25日に撮影された=家族提供

執拗ないじめは続いた。「周りを取り囲まれ、背後から首を絞められたり、殴られたり、蹴られたりしました。カッターの刃を突き付けられ、目の前でのこぎりを振り回され、恐怖で体が硬直し、頭の中が真っ白になりました。やがて暴行を受けても痛みを感じなくなり、私に向かって撃たれたエアガンの弾が、体をすり抜けていくような感覚になりました。暴力を受けすぎて、もう振り払う手も、逃げる足も、助けを呼ぶ口もなくなっていました。どんどん私が壊され、私が私でなくなっていったのだと思います」

いじめは別の同級生が学校側に訴え、12年10月に発覚した。「発覚直後から今日まで、私は何度も自殺未遂を繰り返したそうです。人ごとのような言い方ですが、決して『死のう』と決意して行ったのではないのです。私の中には別の私がいるみたいです。今話をしている私の他に、いじめられていた当時の私や、自分が誰かも分からない人がいるようです。ある時何の前触れもなく、いきなりいじめられていた当時の状況が目の前に現れます。そして私が私でなくなるのです。そうなると、自分をコントロールすることができなくなってしまいます。自殺未遂はそのような状況で起こったのだと思います」

今なお続くPTSDの症状も明かした。「今も火や刃物が怖く使うことができません。水が怖く、プールやお風呂に入ることもできません。私と年の近い人や学生服の集団とすれ違うと、恐怖で体が硬直します。加害者や当時の同級生に会うかと思うと、一人で電車に乗ることも店に入ることもできません。いくら『大丈夫だ』と言い聞かせても、息苦しくなり体が反応してしまうのです。

知らないうちに記憶が飛んでしまい、夢か現実か、自分がどこにいるかも分からなくなってしまうのです」

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提訴時の記者会見で、佐藤さんが書いた手紙「10年後の自分へ」を読み上げる母親。「死んだりするな」などとつづられていた=佐賀市で2015年2月19日、生野貴紀撮影

理解してくれた家族の助け

長く暗いトンネルの中でも、命を絶たなかったのは家族のおかげだと言う。「死なずに済んだのは、家族の体を張った助けがあったためです。母は『こんな目に遭って、加害者や学校に腹が立たないの?』と聞かれるそうです。母は『息子を生かすのが最優先で、加害者や学校に腹を立てている余裕がない』と答えています。医者は私の症状について『重いPTSDで、治ることは難しい』『これだけ重症で生きている人はいない』と話しています。多くの人は絶望するでしょうが、母は『治らないなら、慣れればよい』という姿勢で、私に関わってきました。

そんな母の関わり方は、周りから見れば突拍子なく見えるでしょうが、その関わりや、それを理解し支え合ってきた家族の協力があったからこそ、生きてこれたのです」

そして、裁判を闘う決意を固めた思いをこう表現した。「私はこれからもPTSDを抱えながら生きていかなければなりません。そのためには『なぜ自分がこのような状況になったか』ということをはっきりさせることがどうしても必要なのです。学校・教育委員会が明らかにしてくれない以上、私にできることは裁判によってはっきりさせることでした」

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佐賀地裁=佐賀市で2020年8月25日、竹林静撮影

15年2月、佐賀地裁に提訴した。しかし、19年12月に言い渡された判決には「正直あぜん」とした。判決は、同級生2人にエアガンで撃たれたことなどでPTSDを発症したと認定。

この2人に計約380万円の賠償を命じた他、同級生8人が佐藤さんから計約30万円を恐喝したとして、8人に連帯して賠償するよう命じた。一方、エアガンを撃った場所や恐喝を受けた場所の多くが校外だったなどとして、市に対する安全配慮義務違反の訴えは退けた。

「判決を受けた日、私は名前も顔も公表しました。事実がねじ曲げられたことへの怒りがありました。『僕は本当のことしか言っていない。やましいことはない』『うそをついて逃げ回る教師や加害者とは違う』ということを明確にしたいという思いがありました。自分に起こったこと、これまでの道のりを振り返った時、不退転の覚悟を持って臨もうと思ったからです」と話した。

苦しみから抜け出すには

そして、佐藤さんは、今もどこかで起きているかもしれないいじめを思い、メッセージを発した。

「いじめは本当に恐ろしいです。いじめた側は何事もなかったように生活していますが、いじめられた側は日々おびえながら生きています。そして、その被害は一生続きます。いじめられた人は誰かに助けてもらわなければ、その苦しみから抜け出せません。それを多くの人に分かってもらいたいと思います。私は、12歳だった当時の僕のため、そして同じようにいじめ被害に苦しむ人のために、もう一度、勇気を振り絞って闘いたいと思います。この裁判を通して、いじめで苦しむ子が少しでも減るような世の中になることを心から願っています」

 

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2020年10月19日付東京新聞

わいせつ教員を再び教壇に立たせないで 免許再取得認めないよう法改正訴え広がる

 児童生徒にわいせつ行為をした教員を再び教壇に立たせないよう訴える声が広がっている。現行の教育職員免許法では、教員が懲戒免職で免許を失っても、3年経過すれば再取得が可能だからだ。文部科学省は法の見直しを検討しているが、保護者の団体は「子どもは心に傷を負ったまま大きくなり、言えない子もいる。被害を起こさせないことが大事だ」と強調する。(土門哲雄)
子どもにわいせつ行為をした教員に免許を再交付しないよう訴える保護者ら=9月28日、東京都千代田区の文部科学省で

子どもにわいせつ行為をした教員に免許を再交付しないよう訴える保護者ら=9月28日、東京都千代田区の文部科学省で

◆中学から19歳まで続いた

 「先生を疑うという発想がなかった。自分が悪いんだと思って、言えなかった」。東京都のフォトグラファー石田郁子さん(43)は1日、トークイベントで体験を語った。
「ヒューマンライツ・ナウ」のオンライントークイベントで学校での性被害撲滅を訴えた石田郁子さん

「ヒューマンライツ・ナウ」のオンライントークイベントで学校での性被害撲滅を訴えた石田郁子さん

 石田さんは中学3年の時、男性教員からキスをされた。卒業後もわいせつ行為を受け、19歳まで続いたという。30代後半になって性被害を受けていたと認識し、教育委員会に調査を求めたが、教員は否定。現在まで処分されていない。教委担当者は「事実認定には至らなかった」とする。
 石田さんは2019年2月、賠償を求めて提訴したが、東京地裁は同8月、損害があっても20年で賠償の請求権が消滅する「除斥じょせき期間」を経過したとして、請求を棄却。判決を不服として東京高裁に控訴中だ。イベントで対談したNPO法人「ヒューマンライツ・ナウ」事務局長の伊藤和子弁護士は「教師の立場を利用した性犯罪をしっかり処罰していくため、法改正が必要」と話した。
 石田さんは今年9月、子どもにわいせつ行為をした教員を原則懲戒免職にし、免許を再取得できなくすること、第三者委員会による調査を必ず行うことなどを文科省に提言。小中高校生らの保護者でつくる「全国学校ハラスメント被害者連絡会」も同月、わいせつ行為で懲戒処分となった教員に免許を再交付しないよう求める5万4000人分の署名を提出した。

◆過去最多282人処分

 全国の公立小中高校などでわいせつ行為やセクハラを理由に処分を受けた教員は18年度、282人で過去最多。教え子の女児7人への強制性交などの罪で19年12月、千葉市立小学校の元教諭が懲役14年判決を受けるなど、近年、教員によるわいせつ事案は後を絶たない。
 文科省は、子どもにわいせつ行為をした教員を懲戒免職とするよう都道府県教委などに指導。教員免許を失った教員を教委などが確認できるシステム「官報情報検索ツール」の閲覧期間を、現行の直近3年から、来年2月に40年に延長する予定だ。

◆先生を選ぶことはできない

 萩生田光一文科相は9月29日の閣議後記者会見で、わいせつ行為をした教員への対応について「教壇に戻さないという方向を目指して法改正をしていきたい」と話した。
 ただ、教員免許の再取得を認めないことについては、再取得までの期間が定められた他の国家資格との均衡を考える必要があり、更生可能性や冤罪えんざい、職業選択の自由への配慮も必要と指摘した。一方で「弁護士や医者は選べるが、学校の先生は子どもや親が選べない」とも強調した。
 教育評論家の武田さち子さんは「教師がわいせつ行為を否定したら、学校も認めない。傷ついた子どもは『うそつき』と言われてさらに傷つく」と話し、事件や処分になるのは氷山の一角だと強調。「子どもが犠牲にならない仕組み作りを求める」と訴えた。
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令和元年

子どもたちの死、繰り返したくない 動き出した遺族たち

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伶那さんの写真が飾られた祭壇。本を読むことが好きで、中学に進学するのを楽しみにしていた=横浜市

最愛の子を学校事故で突然失い、悲しみに直面する遺族。残された自分たちに何ができるのか。絶望の淵で死を受けとめ、前に向かって歩み出す原動力となったのは、同じ悲劇を繰り返したくないという願いだった。

横浜市の松田容子さん(50)は、小学校の卒業旅行中の2013年2月に亡くなった娘の伶那(れいな)さん(当時12)の死因を調べなかったことを今も悔やんでいる。

長野県のスキー場。宿の前で友人とそり遊びをしていると、突然、「疲れた」と座りこんだ。その後、友人が気づいたときには倒れていた。救急隊が駆けつけたが、心肺停止だった。

学校から連絡を受け、現地に向かった容子さんは、電車の中で医師から「蘇生措置をやめてもいいでしょうか」と電話で告げられた。何とか助けてほしいとすがったが、「これ以上続けても、伶那さんが苦しむだけ」と言われ、夫と相談して承諾した。「まだ現地に着いてもいないのに……」。電車の中で声を出して泣いた。

死亡診断書は「心不全」。伶那さんは大きな病気やけがをしたことはなかった。医師には「死因を調べるには解剖するしかない」と言われたが、別の病院に運ぶ必要があり、すぐにできるか分からないという。夫は「かわいそうだ」と反対した。着の身着のまま家を出ており、下の子を祖父母に預けていたことも気がかりで決断できなかった。

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卒業旅行中に亡くなった伶那さんの遺影。これまで大きなけがや病気をしたことはなかった=横浜市

容子さんが知りたいと思っていた倒れた時の対応について、学校から詳しい説明があったのは半年後。学校は滞在中の自動体外式除細動器(AED)の場所を事前に把握せず、約1キロ離れた別の宿から借りていた。駆けつけた教諭が胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしたというが、同行した看護師は「確認できなかった」と述べていた。非常時のマニュアルもなかった。

本当のことが知りたくて、訴訟について弁護士に相談すると、「死因が分からなければ難しい」と断られた。医療記録を複数の医師に見てもらったが特定できない。「死因が分からないままでは、遺族は前に進めない。しかし、死の直後に解剖するか遺族に判断させるのは酷だ」

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長女の伶那さんを突然死で亡くした松田容子さん=横浜市

容子さんは、子どもの死を全数登録し、複数の専門家の検証によって予防につなげる制度が必要だと感じ、法制化を目指す活動に参加している。「Child(チャイルド) Death(デス) Review(レビュー)」と呼ばれ、海外では成果を上げている。国内でも昨年12月に成立した成育基本法で体制の整備が盛り込まれたが、実現への歩みは始まったばかりだ。

事故後、容子さんは心肺蘇生などの救命措置や子どもの安全管理などの資格を取り、学校や保育園などに講師として赴く。その傍ら、遺族としての経験を講演などで語っている。その際、必ずこう伝える。「私がどんなに頑張っても娘を助けることはできない。変えられるのはこれから先のことだけ。未来は変えていける」(北林晃治)

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子どもの安全管理に関するシンポジウムで自身の経験について講演する松田容子さん=東京都千代田区

転倒したゴールの下敷きに

福岡県大川市を流れる筑後川の近くに昨夏、一面のヒマワリ畑ができた。小学校のゴール転倒事故で梅崎晴翔(はると)君(当時10)を亡くした祖父清人さん(69)が、孫の残した種で花を咲かせたいと植えた。この種を事故防止のシンボルに育てようという取り組みがある。

17年1月13日、市立川口小4年だった晴翔君は、体育の授業でサッカーのゴールキーパーをしていた。味方の得点に喜んでハンドボール用ゴールのネットにぶら下がり、転倒したゴールの下敷きになった。文部科学省は13年、転倒防止のために杭などでゴールを地面に固定するよう通知していたが、学校はゴールを固定しておらず、市教育委員会は過失を認めて謝罪した。

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ヒマワリ畑と梅崎清人さん=2018年7月、福岡県大川市

清人さんは、近くに住む晴翔君がよく自転車で遊びに来たこと、風呂で背中を流してくれたことを思い出す。「愛敬があり、走るのも泳ぐのも速かった。サッカーが大好きだった」

事故の1カ月ほど前、晴翔君がヒマワリの種をまいてほしいと持ってきた。最初の夏はつらくて植えられなかった。1年が経ち、「大切な孫が託した種。頑張って増やそう」と思うようになった。昨夏、100平方メートルの畑にまき、できた種を訪れた人に「晴翔と事故を忘れないで」と渡した。

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ヒマワリの種と梅崎清人さん=福岡県大川市

事故は、04年に静岡市の中学校でサッカーゴールが倒れて3年の男子生徒が犠牲になったのと同じ日に起きた。子どもの事故予防に取り組むNPO法人「Safe Kids Japan」は、ゴールの固定を呼びかける日にした。杭や砂袋でゴールを地面に固定した写真を学校に送ってもらいネット上で公開。清人さんからヒマワリの種をもらい、事故防止のシンポジウムの参加者らに贈っている。山中龍宏理事長は「転倒事故がなくなるまで続けたい」と話す。

清人さんは今年も種をまいて、咲いた花を仏壇に供えた。ヒマワリ畑は今月下旬に満開を迎える。「ヒマワリを育てることで、学校の安全に社会が目を向けるきっかけになれば」と願う。(木村健一)

 

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令和元年

10年前、弟が教師の指導中に自殺 司法修習生の兄 学校の事件・事故で「被害者に寄り添える弁護士に」

中尾さん

山口地裁前で思いを語る司法修習生の中尾基哉さん=山口市で2019年5月12日午後3時24分、樋口岳大撮影

埼玉県内の私立高校で教師から指導を受けている途中に飛び降りて命を絶った男子生徒の兄が今、弁護士を目指して山口県で司法修習している。弟を失って29日で10年。「学校が弟を1人にしなければ、命を絶つことはなかった」と苦しみを抱えてきた兄は「学校に関係する事故や事件の被害者に寄り添える弁護士になりたい」と決意を語る。

 司法修習生の兄は、埼玉県加須(かぞ)市出身の中尾基哉さん(30)。1月から9月までの予定で山口県の裁判所や検察庁、弁護士事務所などで実務を学び、早ければ今年末に埼玉で弁護士登録する。

 中尾さんによると、学校側の説明では、2009年5月29日、高校3年だった弟(当時17歳)は、英語の試験中にメモを見ているのを試験監督の教師に見つかった。教師はメモと答案用紙を取り上げて「こんなことをしてはいけない」と言い、弟は試験が終わるまでの約20分間、自席でうつむいていた。

 試験終了後、教師は弟を3階の教室から2階の職員室に連れて行こうとし、2階に下りたところにいた生活指導主任を呼び止めて事情を説明した。主任は弟がかばんを持っていないのを見て取りに行くよう指示。しかし弟は教室へは行かず、最上階の4階の廊下の窓から飛び降りた。

 「強いショックを受けていたはずの弟を、なぜ1人にしたのか」。中尾さんは強い疑問を感じた。高校ではカンニングが見つかると全科目が0点になる。自責の念を抱えた弟が卒業や進学への不安にも襲われて激しく動揺したことは容易に想像できた。ホームルーム中の教室に1人でかばんを取りに行かせず、教師が代わりに取りに行ったり、付き添ったりする配慮をしていれば「生きていたはずだ」と感じた。

 しかし、中尾さんら遺族に学校側から謝罪はなかった。母はふさぎ込み、仕事も近所付き合いもやめた。苦しんでいた時、提訴のために相談した弁護士に救われる思いがした。

 「学校相手の裁判は勝てない」と何人かに断られ、やっと引き受けてくれたのは東京の弁護士だった。中尾さんたちの話を丁寧に聞き、弟が命を絶つまでに感じていたであろう苦しみにも思いを巡らせ、裁判の書面を作ってくれた。「こんなに人を助けられる仕事があるのか」。中尾さんは弁護士を志した。裁判は学校側と和解した。

 幼い時はけんかもしたが、よく家族でキャンプやスキーなどに出かけ、仲のいい兄弟だった。「兄ちゃん、しっかり頑張れよ」。弟が背中を押してくれている気がする。【樋口岳大】

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令和元年5月10日付東京新聞社説

いじめ防止法 悲劇防ぐ改正進めよ

超党派の国会議員によるいじめ防止対策推進法の改正作業が難航している。学校の負担増に配慮し、当初の対策強化案が後退。遺族らは反発している。悲劇をなくすため一歩でも前進できないか。

十連休の後にも、埼玉県では電車にはねられ亡くなった高校生がいる。目撃情報から自殺とみられている。原因は分からないが、学校に行くのがつらかったのかもしれないと思うと胸が痛む。

子どもたちをどうやったら救えるか。そこを原点に考えたい。

法は、二〇一一年に大津市の中学二年男子がいじめ自殺した事件をきっかけに制定された。国や地方自治体、学校はいじめ防止の方針を定める。自殺や長期の不登校は「重大事態」と位置付け、第三者委員会をつくって原因究明にあたり、再発防止につなげる。

しかしその後も全国で子どもが命を絶つ事態は続いている。第三者委員会の調査結果に遺族が納得せず、再調査になるなど、法は必ずしもうまく機能していない。

昨年公表された改正案のたたき台には、いじめ対策委員会の設置や学校で作るいじめ防止基本計画に盛り込むべき項目などがきめ細かく盛り込まれていた。しかし四月の案ではそれらが削られた。

いじめの定義が広すぎるなど、現行法でも学校は疲弊しているとの指摘もある。一方でいじめ自殺の遺族らには、学校でいじめ問題の深刻さが共有されていないという、もどかしい思いがある。

両者の溝を埋めていくためには、余裕をもっていじめに向き合える体制づくりが必要なのではないか。スクールカウンセラーなどの配置は進んでいるが、それに加え大津市はいじめ対策主任を学校に置けるよう、国が財政支援することを提案している。

市は事件後の一三年度から、いじめ対策に専念する教員をほぼ全校に配置した。増員分の人件費は市が負担している。担当教員は子どもたちの様子を見守るとともに、靴箱や教室の細部まで日々、目をこらすのだという。靴に画びょうや虫が入れられていたり、窓枠や机に「死ね」などの落書きがされていたりの危険な兆候が見つかることもあるからだ。いじめの早期発見につながっているという。

子どもの死があって国や地方自治体が重い腰を上げる。これまでのいじめ対策はその繰り返しだった。その情けないありようを克服するため、法改正にも知恵を絞りたい。

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平成30年10月13日朝日新聞埼玉版

埼玉の飛び降り強要、中学同級生の責任認める 最高裁

埼玉県草加市立中学校で2012年、校舎2階からの飛び降りを強いられて骨折したとして、当時2年生だった少年(19)が同級生4人とその保護者に損害賠償を求めた訴訟で、同級生に対して計約1200万円の賠償を命じた二審判決が確定した。最高裁第二小法廷(菅野博之裁判長)が10日付の決定で、同級生側の上告を退けた。

一審・さいたま地裁は、「飛ばなかったら3千円」などと強く迫った同級生2人に限定して責任を認め、計約610万円の賠償を命じた。これに対し、二審・東京高裁は、残る同級生2人の言動も「圧力となった」として4人全員に計約1200万円の支払いを命じた。保護者の責任はいずれも否定され、二審で新たに責任を認定された同級生2人だけが上告していた。

(岡本玄)

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平成30年9月26日付朝日新聞

ブラック校則、立ち向かうには 荻上チキさん・内田良さんがトークショー

下着の色を指定したり、髪を黒く染めるよう強く求めたり。人権侵害にもなりかねない「ブラック校則」にどう立ち向かえばいいのか。校則の問題に詳しい評論家の荻上チキさんと名大大学院准教授(教育社会学)の内田良さんが、東京都内で意見を交わした。

荻上さんと内田さんは、共に編著者となっている「ブラック校則 理不尽な苦しみの現実」(東洋館出版社)の刊行を受け、8月中旬にトークショーを開いた。

荻上さんは賛同者らと今年2月、校則に関するアンケートを実施。15歳~50代の人に中学・高校の校則について尋ねたところ、髪の毛を染めたり、パーマをかけたりしていないことを確認するための「地毛証明書」の提出や下着の色の指定など、さまざまな「ブラック校則」の実態が浮かんだ。

 

■より細かく規定

荻上さんと内田さんが驚いたのは、昔はなかった校則が新たに生まれたり、規定がより細かくなったりしていることだったという。二人はその要因として、教員の多忙化や学校選択制による学校間競争などで、「効果が分かりやすい生徒指導」である校則が選ばれている、と推測した。

内田さんは「いったんルールを決めると、『あれ、あんただけちょっとおかしいよ』『みんなに合わせろ』となる。すべて自由にしてしまえば何も気にならないし、管理する手間も省ける」と語り、校則の見直しが教員の負担軽減にもつながると指摘した。荻上さんは「学校は子どもが社会に出るために、『何が合理的か』を問い続けていく場所にしなければならない。

不条理に慣れさせる場所ではない」と指摘した。

 

■「原因は社会に」

会場からは、教員や「元生徒」の立場からさまざまな意見が出た。

神奈川県内の高校教諭の男性(57)は、「学校関係者以外からクレームがくると、管理職や教頭・校長が(学校を)よく見せようと思い、さらに校則が細かくなるスパイラルがある。

校則がきつくなる一つの原因は社会にあるのではないか」と指摘した。

千葉県の女性(33)は自分が通っていた高校で、授業中にトイレなどで教室から出ると、戻ってくる時に職員室で「再入室許可証」をとらなければならなかったことを紹介。

「生徒の学ぶ権利を奪っているのではないか」と感じているという。

参加者からは「生徒たちが立ち上がるにはどんなアクションがいいか」という質問もあがり、荻上さんと内田さんは「生徒総会で議題に挙げてはどうか」「先生は『自主性』という

言葉が大好きなので、それを逆手に校則を作っていけばいい」などと提案した。

 

■都立高の6割「地毛証明」

校則をめぐっては2017年9月、大阪府立高校の女子生徒が、生まれつき茶色い髪を黒く染めるよう指導されて不登校になったとして、府を提訴。朝日新聞の昨年の調査では、都立高校の約6割が一部の生徒に「地毛証明」を提出させていることもわかった。

昨年12月、NPO法人の理事長や荻上さんらが中心となってインターネットで設立した「『ブラック校則をなくそう!』プロジェクト」を発表。署名活動も始め、校則の見直しを求める林芳正・文科相宛ての署名は、現在4万を超えるという。

林文科相は今年3月の参院文教科学委員会で校則について問われ、「学校を取り巻く社会環境や児童・生徒の状況の変化に応じて、絶えず積極的に見直す必要がある」としたうえで、「見直しの際には、児童・生徒が話し合う機会を設けたり、保護者からの意見を聴取したりするなど、児童・生徒や保護者が何らかの形で参加した上で決定する

ということが望ましい」と答弁している。(田中聡子)

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