2022年11月21日付朝日新聞

後絶たない、学校の「指導死」 息子亡くした大貫さん「管理職が責任もつ体制ない」

写真・図版

学校現場での「指導死」をなくすための活動を続けている大貫隆志さん

福岡市の私立博多高校で2020年、当時15歳だった剣道部の女子部員が自殺したことをめぐり、学校側が顧問からの暴言や暴力が原因だったと認め、遺族との和解が成立した。教員の不適切な指導による子どもの自殺が後を絶たないのはなぜか。息子が学校で指導を受けた直後に自殺し、一般社団法人「ここから未来」を立ち上げて学校での体罰やいじめなどについて調査・研究を続ける大貫隆志さん(65)に聞いた。

「また、学校での指導が原因で子どもの命が失われてしまった。悲惨な前例がいくつもあるのに、いまだに自分事としてとらえていない学校が少なくない」 大貫さんは今回の件についての報道を受け、無念さをにじませた。

00年、中学2年生だった大貫さんの次男、陵平さん(当時13)が自殺した。学校でお菓子を食べたことを教師にとがめられ、1時間半にわたって叱られた翌日だった。

亡くなった博多高校の女子生徒は顧問から繰り返し暴言を浴びていたほか、他の部員の前で地面に倒すといった暴力を受けていた。

大貫さんは「明らかに通常の指導を逸脱しており、刑事事件として扱われてもおかしくない」と語る。

教員に叱られたり、体罰を受けたりして子どもが自殺に至る事態は「指導死」とも呼ばれ、全国で繰り返されてきた。

学級内や部活内など状況に違いはあるが、背景にある構造は共通していると大貫さんは指摘する。

「学校の管理職が責任をもって指導死を防ごうという体制になっていない」。悪質な場合には顧問や管理職の刑事責任を問うことも必要だと訴える。

また、管理職は不適切な指導をしている教師に注意したつもりでも、言われた本人は深刻に受け止めていないという例も多いという。

「『今はコンプライアンスが厳しいから、ほどほどに』といった中途半端な注意の仕方では意味が無い。

子どもの命を守るためには、管理職に、より明確に責任を持たせて、暴言や暴力をやめさせる仕組みでなくてはいけない」

博多高校の剣道部では、暴力を振るった顧問以外にも複数の教師が練習に顔を出していたが、自殺を防ぐことはできなかった。

大貫さんは「複数の人の目があっても、不適切な指導をする教師の方が立場が強くて意見できなかったり、同じような意見を持った人の集まりだったりした場合は意味をなさない」と話す。

校外に通報窓口、体罰発覚例も

指導死を防ぐために、どんな対策が考えられるのか。

大貫さんは比較的実現可能性の高い案の一つとして「透明性を高めるため、暴言などの不適切な指導を目撃した人から通報を受ける学校外の窓口を行政が設置し、その存在を周知すること」を挙げる。

既に、体罰を目撃した教師や生徒、保護者からの通報を受ける窓口を設けている自治体もある。

実際に、練習試合を見ていた他校の保護者からの通報で体罰が発覚した事例もあるという。

大貫さんは、こうした窓口を全国的に整備し、体罰だけでなく、学校での不適切な指導全般が問題だと周知すべきだと訴える。

さらに、隠蔽を防ぐため、不適切な指導を学校側が隠そうとした場合には重いペナルティーを科す正直に申告した場合には軽くする――といった仕組みづくりも必要だという。

指導死の撲滅に「特効薬はない」と語る大貫さん。「一部の保護者から、部活動で良い成績を残すために『厳しい指導を』と望む声がある。どうしたらいいか」。自身の講演を聞いた現役の教師から、今でもそんな相談をされることが少なくないという。

大貫さんは言う。

「教育現場の覚悟が問われている。子どもの命と天秤にかけていいものなど、ないはずだ」(武田啓亮) 

シェアShare on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn

2022年11月4日毎日新聞

剣道部顧問、不適切な指導で女子高生自殺 学校側「異例」の謝罪

亡くなった侑夏さんの写真を手に、記者会見した母親=福岡市中央区の福岡県弁護士会館で2022年11月4日午前10時32分、平塚雄太撮影(画像の一部を加工しています)
亡くなった侑夏さんの写真を手に、記者会見した母親=福岡市中央区の福岡県弁護士会館で2022年11月4日午前10時32分、平塚雄太撮影(画像の一部を加工しています)
2020年8月に私立博多高(福岡市東区)の1年生だった侑夏(ゆうな)さん(当時15歳、名字は非公表)が自殺したのは、部活動での不適切な指導が原因だったとして学校側が責任を認め、遺族に謝罪したことが判明した。侑夏さんの母親(41)と遺族の代理人弁護士が4日、同市内で記者会見を開き、裁判を経ずに学校側と和解したと明らかにした。

和解は10月25日付。遺族の代理人を務めた迫田登紀子弁護士(福岡県弁護士会)によると、いじめや校内での事故は学校が情報を出さなかったり、責任を認めなかったりすることが多く、学校側が自らの非を全面的に受け入れるのは非常に珍しいという。

  遺族側によると、侑夏さんは中学時代から剣道部で活躍し、剣道二段の資格を有していた。博多高の剣道部で顧問を務めていた男性教諭の誘いを受け、204月に剣道の特待生として博多高に入学した。 部の練習は新型コロナウイルスの影響で6月から始まり、3キロのランニング後、素振り1840回、前後に動きながらの跳躍素振り800回などを1時間以内でする内容だった。過酷な練習で侑夏さんは右腕と左足首を痛め、練習についていくのが難しくなった。

これに対し、別の顧問の男性教諭は侑夏さんに「貴様やる気あるのか」などと暴言を吐くようになった。

他にも、必要以上に竹刀で突く部員の前で突き倒して転倒させる「この野郎」などと怒鳴り声や罵声を30分以上浴びせる――などを続けた。侑夏さんは、男性教諭に足を踏まれて小指の爪がはがれ、両手首には暴行によるものとみられるアザができていた。

829日、侑夏さんは「死ぬために部活休んだ」と自身のツイッターに投稿した後、自ら命を絶った。

学校側は9月、校長と顧問の男性教諭2人が遺族と面会し謝罪。217月には、学校内での災害に見舞金を支給する独立行政法人「日本スポーツ振興センター」が、自殺の原因は「教員による不適切な指導によるもの」と認定し、遺族への見舞金支給を決定した。

遺族側は223月、学校側に損害賠償を求めて提訴する方針を伝えると、学校側は不適切な指導を認め、遺族に改めて謝罪。訴訟外での和解に至った。

双方の合意内容によると、学校側は男性顧問による不適切な指導が自殺の原因と認め、真摯に謝罪。再発防止策として、全教職員を対象にした年1回の研修などを実施する。

記者会見で母親は侑夏さんについて、手伝いを頼んでも断ることはなく、誕生日にチーズケーキを焼いてくれるなど「優しく温かい子だった」と振り返った。学校側の対応には「今後、しっかりと果たされるか見守っていきたい」とし「教師も親もまさか子どもが自死するなんてと考えがちだが、より身近な問題と受け止めてほしい」と訴えた。

一方、博多高の肥後忠俊教頭は毎日新聞の取材に「教育機関としてあってはならないことで、二度と起こらないよう全職員一丸となって再発防止に取り組む」とコメントした。男性顧問2人は侑夏さんの自殺後、すぐに顧問から外れ、21年度以降は同高にいないという。2人への処分については「個人情報で答えられない」としている。

識者「非常に珍しい例」

学校事故に詳しい名古屋大大学院の内田良教授(教育社会学)は「非常に悪質な事案だが、生徒の死亡後に学校が問題を受け止めており、その対応の限りでは評価できる」と述べた。類似のケースでは「子どものための指導」として、学校が非を認めないことも多いといい「学校と遺族が訴訟などで対立することがほとんどで、今回は非常に珍しい例では。学校は再発防止を形骸化させず、実施してほしい」と注文を付けた。

内田氏によると、部活動における顧問の問題行動は、子どもや保護者が言いにくい状況にあるという。

「顧問には子どもを試合に出す権限などがあるほか、問題が公になった場合にチームメートに迷惑がかかることを考え、当事者は声を上げにくい。周囲の教職員が問題提起できるよう、風通しの良い職場環境が重要だ」と指摘した。【平塚雄太】

シェアShare on FacebookShare on Google+Tweet about this on TwitterShare on LinkedIn