2022年12月23日付朝日新聞デジタル

「暴力がない、地域に開かれた学校へ」 事件から10年、桜宮高校は

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スポーツ体験会で、桜宮高校ボート部の生徒とボートに乗り込む中学生(手前)。助言を受けながらこぎ方を学んだ=大阪市都島区、林敏行撮影

 大阪市立(現・大阪府立)桜宮高校のバスケットボール部主将だった男子生徒が、顧問から暴力を受けて自殺した事件から23日で10年が経つ。暴力をなくすことと「地域に開かれた学校」を掲げてきた同校のいまを取材した。(宮崎亮)

 全校生徒約840人のうち4割が人間スポーツ科学科に属する桜宮高校。各運動部は全国・近畿大会での実績を重ねてきた。

 事件は2012年に発生。顧問が体罰をした背景について、大阪市教育委員会は「生徒に対する暴力を指導の一環と位置づけ、指導方法として効果的だとの考え」を持っていたと指摘した。

 事件後、同校では体罰の再発防止と、生徒の主体性を重視した改革を学校全体で進めてきた。

 全教職員が怒りの感情を抑える「アンガーマネジメント」などの研修を毎年受講。全部活動の顧問と管理職は定期的に会議を開き、現状や在り方を話し合っている。

 主将らが集って望ましいリーダー像を考える研修会も開催。全校生徒が命の大切さを伝える講義を受けている。

 さらに、「地域に開かれた学校」を意識した取り組みを続けてきた。

 生徒は府内全域から入学しているため、小中学校と比べて地元とのつながりが薄くなり、校内の様子がわかりにくいとの指摘があったためだ。

 今月中旬の土曜日の朝。同校の地元・大阪市都島区の公園沿いの川で、ボート部員らが中学生2人を指導していた。ボート部は男女とも、5人乗りで来春の全国大会出場を決めている。

 中1の男子生徒(13)は桜宮高3年の菅起人(すがたつと)さん(17)と2人乗りボートに乗った。菅さんの助言を受けながら往復2キロ余りをこぎきり、「すごくわかりやすく教えてもらいました」と笑顔を見せた。

 生徒がボートに乗るのは、この日が5回目。都島区の五つの市立中学校の生徒が参加するスポーツ体験会「桜宮スポーツクラブ」の活動だ。休日の部活動を地域に移行する実践研究の一環で、昨秋から大阪市教育委員会が始めた。設備が充実し、地域交流に力を入れる同高が協力することになった。

 バスケットボール、サッカー、バレーボール、陸上、ボートの5種目から選び、桜宮高の顧問と生徒の指導を受けられる。1人が複数種目を体験することもでき、今年度は延べ約400人の中学生が参加した。

「自分の頭で考え、助け合うこと大事に

高校生にとっても、得るものは少なくない。2年の岩永歩(あみ)さん(17)は、

初心者の中学生にこぎ方を教える際、いかにわかりやすい言葉で説明するかを工夫する。

「教えながら自分自身が『あ、先生が言ってたのはこういうことだったんだ』と気づく

こともある。その後の自分たちの練習でも、フォームの基本をより意識できます」と話す。

地域交流では毎秋、住民を招いたフェスティバルを開催している。13年から始めた

「大運動会」が形を変えたものだ。生徒が様々な催しを用意して共に楽しんでいる。

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大阪府立桜宮高校の森口愛太郎校長=2022年12月12日、大阪市都島区、宮崎亮撮影

  今月中旬、赴任5年目の森口愛太郎校長(60)に、桜宮高校の「いま」について聞いた。

いまもどこかの学校で体罰が起きると、ニュースでは必ずと言っていいほど「2012年に桜宮高校では……」と報じられる。実際に起きたことですし、学校として受けとめなければいけません。

体罰の報道があるたび毎年、「桜宮、いま大丈夫やろな。変わったんやろな」という電話がかかってくる。相手は名乗らない方ばかりですが、校長室で受話器を取り、「大丈夫です。

生徒たちは頑張っています」と伝えています。

スポーツ指導で知られる高校ですが、「勝てばよい」という考えで指導はしていません。

生徒が自分の頭で考え、コミュニケーションを取りながら互いを助け合うことを大事にしています。

ある日の朝礼では「人間は社会に出たら一人では絶対に生きていかれへん。自分の思いを伝え、相手の思いをしっかり聞いてほしい。コロナ禍で『しゃべるな』と言われるけど、私はやっぱり君たちにしゃべってほしい」と伝えました。

生徒や教職員が入れ替わっても、学校として絶対に風化させてはいけないと思います。

新しく赴任した教員には必ず、何年経ってもご遺族がおられるということを日頃から意識するよう伝え、「事実があったことを受けとめ、生徒指導にあたってほしい」と伝えています。

事件があって、桜宮がいかに変わったのか。学校を訪れた人にそれを感じ取ってもらえるように、これからも取り組んでいきます。

桜宮高校の暴力事件

20121223日、バスケットボール部の主将だった2年生の男子生徒が自殺した。生徒に繰り返した暴力が自殺の大きな要因になったとして顧問は懲戒免職となり、139月に傷害と暴行の罪で懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受けた。同12月、両親ら遺族は大阪市を相手取り提訴。東京地裁は162月、約7500万円の損害賠償を市に命じる判決を出した。

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2022年12月22日付朝日新聞デジタル

「部活は子どものため」当たり前に 桜宮高暴力事件10年、被害者の両親は

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生徒が自殺の4日前、顧問宛てに書いた手紙。部員に止められ、実際には渡さなかった

 大阪市立(現在は府立)桜宮高校バスケ部の主将だった男子生徒(当時17)が、当時46歳だった顧問の暴力を苦に自殺してから10年。両親は、息子が残した教訓を学校現場で生かしてほしいと願う。

「僕は今、キャプテンとして部活に取り組んでいます」

そんな書き出しで息子がルーズリーフにつづった文章を読むたび、母親(54)は胸が締め付けられる。

10年前の12月19日に顧問に向けて書いた手紙だった。

「なぜ翌日に僕だけがあんなにシバき回されなければならないのですか?」「僕は問題起こしましたか。

キャプテンをしばけば解決すると思っているのですか」

手紙は部員に止められ、渡さずじまいだった。

手紙を書いた3日後。顧問は「プレーが意に沿わない」と大勢の選手がいるコートで延々と息子の顔を殴った。

「30、40発たたかれた」。息子は帰ってくると、母親にそう言った。

母親はその夜、息子の部屋のドア越しから机にルーズリーフが置かれているのを見た。「冬休みに入るこのタイミングで勉強しているなんておかしいな」。違和感を持ったが、「はよ寝なさいね」と声をかけただけだった。翌日の12月23日、息子は自殺した。

後に、あのとき、机に置かれていたルーズリーフは家族にあてた「遺書」だったことがわかった。

「どうしたら救えたのか。いまもそんなことを考えてしまうんです」

10年が経ち、その遺書に抱く思いがより強くなった。きちょうめんに、行間びっしりにつづられた文字、家族への感謝と思い出について理路整然と書かれた文章、文面の中にあった「覚悟」という言葉……

「17歳だった息子に死を覚悟させるなんて。部活動っていったい何なんでしょうか」

顧問だった元教諭は、自殺の前日に息子を十数回たたき、口を切る約3週間のけがを負わせるなどしたとして、2013年9月に傷害罪などで有罪判決を受けた。体罰が自殺の一因になったとも指摘した。

当時、学校での教員の暴力が公判廷で裁かれたのは異例だった。刑事裁判で、顧問は「主将として精神的、

技術的に向上してほしかった」「今は間違った行為だったと思う」などと述べた。

父親(53)が裁判を通じて感じたのは、部活が子どもへの視点に乏しいということだ。顧問の地位を守り、名誉を得るための場になっていたのではないか、という疑問ももった。「部活がいかに大人のための『特殊な場所』になっていたかを思い知りました」

今なお、学校の部活動では、顧問らによる子どもへの暴力が後を絶たない。父親は「いっそのこと、部活動を廃止するくらいでないと暴力や暴言はなくならないのではないか、とさえ思う」と語る。

仏壇のそばには息子が使っていたバスケットボールが置かれ、壁には笑顔でほほえむ息子の写真が何枚も飾られている。息子が家族に書き残した遺書と、顧問にあてた手紙を「息子が理不尽と真っ向から向き合った証しだ」と感じている。

「決して暴力的な指導はしてはならない。部活動は子どものためのもの。そんな当たり前のことが当たり前になってほしい」(長野佑介)

「体罰禁止」通知、根絶難しく 文科省

文部科学省はこの10年、体罰の実態把握や再発防止に力を入れてきた。

13年1月、体罰の実態について綿密な全国調査を初めて実施。国公立・私立の小中高校などを対象に、児童・生徒、保護者にアンケートもした。12年度に体罰や暴力を受けた児童・生徒は1万4208人だった。

13年度も9256人だったが、文科省が同年3月、体罰の禁止を明記した通知を全国に出したことなどで、翌14年度は1990人と大きく減った。20年度は871人となっている。

各地の教育委員会が把握する体罰の件数は13年度に4175件。部活動中の体罰は29・7%だった。

20年度は485件で、部活動中は19・2%だった。

18年にスポーツ庁が出した運動部活動に関するガイドラインでは、体罰だけでなく、生徒の尊厳を否定する発言も禁じた。

それでも体罰は根絶されなかった。遺族からの要望も後押しし、文科省は今年、教職員向けの「生徒指導提要」を12年ぶりに改訂。部活動における「不適切指導の例」も新たに例示した。「大声で怒鳴る」「指導後に教室に一人にする」など7項目を具体的に記している。(宮崎亮

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 2022年12月20日付朝日新聞デジタル

桜宮高で追悼集会、校長「風化させてはならぬ」 体罰事件から10年

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大阪府立桜宮高校のアリーナ前に置かれている献花台=2022年12月20日午前11時6分、大阪市都島区、飯塚悟撮影

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大阪府立桜宮高校の追悼集会で全校生徒の前で話す森口愛太郎校長=2022年12月20日午前11時58分、大阪市都島区、飯塚悟撮影

大阪市立(現・大阪府立)桜宮高校バスケットボール部の主将だった2年生の男子生徒が顧問から暴行を受け、自殺した事件から23日で10年となる。同市都島区の同校で20日、追悼集会があった。

 全校生徒や教職員ら約900人が出席した。事件を直接知る教員は異動や退職などで一人もいなくなった。

  • 「死を覚悟させる部活って…」 息子が残した手紙に両親が思うこと

 1分間の黙禱(もくとう)の後、森口愛太郎校長は「痛ましい事案を決して風化させてはいけないという、強い決意を確認する場としたいと思います」などと述べた。

 さらに生徒には「この事案を昔のこと、自分の知らないことと他人事にするのではなく、自分が選んで入ってきた桜高(さっこう)のこと、自分の母校でのことと、頭や心の中にとどめておいてください」と呼びかけた。

 男子生徒は元顧問の男性から繰り返し暴力や暴言を受け、2012年12月23日に自宅で自殺した。暴力が自殺の大きな要因になったとして元顧問は懲戒免職となり、13年9月に傷害と暴行の罪で懲役1年執行猶予3年の有罪判決を受けた。

 事件後、同校は体罰の根絶をめざし、「地域に開かれた学校」を掲げて地域住民を招いての学校行事を重ねてきた。昨秋からは市教委による部活動改革の実践研究に協力し、地元の中学生とスポーツ体験会で交流している。教職員も、怒りの感情を抑える「アンガーマネジメント」などの研修を毎年受けている。宮崎亮

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2020年12月22日朝日新聞デジタル

体罰の根絶「原点に戻る」 市立尼崎高と桜宮高が連携へ

部活動での体罰が相次いで発覚した兵庫県尼崎市立尼崎高校が22日、同じく部活動での体罰が原因で8年前に生徒が自殺した大阪市立桜宮高校(同市都島区)と連携協定を結んだ。桜宮高校が進めてきた体罰・暴力行為を許さない取り組みを共有し、開かれた学校づくりを目指す。

市立尼崎高では、男子バレーボール部のコーチに顔をたたかれた部員が一時意識を失う体罰が、昨年5月に発覚。硬式野球部でも部長らによる体罰が明るみに出た。両部の指導者や校長ら教職員計6人が懲戒処分(停職や減給)された。

一方、桜宮高では2012年12月、バスケットボール部の主将だった男子生徒(当時17)が顧問(懲戒免職)から体罰を受けて自殺。顧問は暴行と傷害の罪での有罪が確定した。両校とも部活動が盛んで、勝利至上主義など重なる部分が多かったとされる。

桜宮高では自殺問題後、生徒が自主的に考え、教員らが生徒の意見を聞きながら言葉でコミュニケーションを図る「プレーヤーズファースト(選手第一主義)」を進めてきた。市立尼崎高はそうしたノウハウを取り入れ、互いの施設利用や教員・生徒の交流なども通じて刺激し合う方針だ。

今回の協定は、自殺問題後に大阪市教育委員会の顧問に就任して部活動改革に関わり、その後、尼崎市教委顧問となった元全日本女子バレーボール監督の柳本晶一氏の呼びかけで実現した。桜宮高の男子生徒が自ら命を絶ってから今月23日で8年。柳本氏は22日の締結式で風化への懸念を示し、「7年目に尼崎で体罰が起きた。原点に戻り確認するべきだと思った」と話した。(中塚久美子)

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平成30年2月17日朝日新聞大阪本社版

市賠償の半額分支払い、元顧問に命令 バスケ部生徒自殺

 桜宮高校

桜宮高校では、体罰防止の取り組みが続いている=大阪市都島区

大阪市立桜宮高校バスケットボール部の男子生徒が顧問だった男性から暴行を受けて自殺した問題で、市が遺族に支払った賠償金の半額を元顧問の男性に求めた訴訟の判決が16日、大阪地裁であった。長谷部幸弥裁判長は元顧問に、請求通り4361万円の支払いを命じた。

公務員の賠償責任を被害者・遺族が直接問うのは法的に困難ななか、生徒の両親は今回の判決が教育現場の暴力の抑止力になれば、と望んでいる。

部の主将だった生徒は元顧問から暴力や暴言を受け、2012年12月に自殺。元顧問は傷害罪などで有罪判決を受けた。遺族は13年、市を相手に東京地裁に損害賠償請求訴訟を提起。判決に基づき、市は遅延損害金を含め8723万円を支払った。

今回の大阪地裁判決は、市が支払った賠償金と元顧問の暴行の因果関係を認定。元顧問は「判決に従う」としており、市の請求通りの支払いを命じている。

東京地裁に起こした損害賠償請求訴訟で、遺族が元顧問の責任を直接問えなかったのは法の制約からだ。

国家賠償法は、公務員が職務で誰かに損害を与えた場合、国や自治体が賠償責任を負うと定めている。1955年には最高裁で公務員個人の責任を否定する判決が確定。警察官ら公務員が公権力を行使する際に萎縮しないための配慮と考えられてきた。教師や医師は民間の組織に属するケースもあるが、公立施設で働いていれば、不法行為の責任を、受けた相手から直接問われることはない。

一方で、国賠法は今回のように公務員個人に故意や重い過失があった場合、国や自治体が本人に支払いを求める「求償権」があるとも定めている。

今回、市は賠償金の原資は税金で、元顧問には重い過失があったとして負担を求めることを検討。交渉したが折り合いがつかず、17年11月に提訴していた。

生徒の両親はこの5年余りの間、元顧問に「誠意を見せてほしい」と思い続けてきた。母親は「直接責任を負うことで、今後、二度と同じことが起きないよう、抑止力になることを願います」と話す。

 

「公務員個人の責任、明確化」

今回の判決について、立命館大学法科大学院の松本克美教授(民法)は「求償権の規定があっても行使される例は少なく、公務員個人の責任を明確にした意義がある」と評価した。「ブラック部活動」の著書がある名古屋大大学院の内田良・准教授(教育社会学)も「教育の範疇を超えた事案について、自治体は積極的に教師に賠償を求めていくべきだ。でなければモラルハザードが起きる」と述べた。

ただ、教育現場からは困惑の声も上がる。大阪市の公立中学校で運動部の顧問をする40代の男性教諭は体罰はあってはならないとした上で「もし(指導に)失敗すれば、我々が教育委員会から訴えられるというのは複雑な思いだ」と話す。別の中学校の管理職の男性も「行政と教員の負担割合がなぜ半々なのか。明確な基準がなく、あいまいではないか」と語った。(大貫聡子、金子元希)

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平成30年2月3日朝日新聞

導死、かつての自分を重ね 「あの環境は異常だった」

 指導死_桜宮

大阪市立桜宮高バスケットボール部OBの谷豪紀さん。今でも「練習に行かなきゃ」と夢に見ることがあるという=1月20日、東京都品川区、池田良撮影

小さないのち 悲しみと歩む

「後輩が亡くなった。新聞を見て」。2013年1月、大阪市立桜宮高校の卒業生、谷豪紀さん(24)は、高校のバスケットボール部の同期生から連絡を受けた。2年下の後輩で、バスケ部の主将だった男子生徒(当時17)が前年末、顧問の男性教諭から体罰を受けた翌日に自ら命を絶ったと、記事は伝えていた。

中学時代から活躍し、入学前から話題になるほどの後輩だった。素直で明るい姿が記憶に残る。谷さんは信じられないと感じる半面で、「やっぱり、あそこの環境って異常だったんだな」と思った。

谷さんも高校時代、体罰を含め疑問を感じる指導を受けた。悪いことをしたから怒られるわけではなく、言われたプレーができないと、顧問の教諭に平手打ちされた。生徒には「暴力は厳禁」と言いながら、教師の暴力は許されることが理不尽だと思った。

あるとき、他部の体罰が発覚した。顧問は冗談めかして「教育委員会に言うなよ」と言い、部員たちも笑ってやり過ごしていた。

谷さんはそんな雰囲気に違和感を感じていた。指導が明らかに間違っていると感じ、顧問に疑問を呈したこともある。すると正座を数時間させられ、平手で何度もたたかれた。雰囲気に染まらない谷さんは、顧問から「お前は頭がおかしい」と言われ続けた。

授業の中に部活動に取り組む時間もあり、部活を辞めることは考えられなかった。他の部に入り直そうにも、顧問や部の仲間が許してくれるとは思えず、親にも心配をかけたくなかった。

顧問からの体罰に苦しみ、自ら命を絶った大阪市立桜宮高校のバスケットボール部員。その2年先輩にあたる男性が、ブログなどで当時の体験や思いを発信するようになった。教師の体罰や叱責が生徒を死に追い詰める「指導死」をなくすため、自分の役割を感じ始めている。

海の向こうの四国に逃げようと思った。1年ぐらい姿をくらませれば、自分のつらさが分かってもらえると思った。中途半端だと連れ戻されると考え、「完全に消息を絶つ」計画を立てた。高速バスを予約する直前、寮の先輩に「最近、元気ないね」と声をかけられ、思いとどまった。

後輩の死を知り、かつての自分を重ねた。「僕にとっての『四国に行く』は、彼にとっての『死ぬ』と同じだったのかもしれない」 大阪地裁は13年9月、傷害と暴行で元顧問=13年2月に懲戒免職処分=に猶予付きの有罪判決を出した。遺族が大阪市に損害賠償を求めた民事裁判の判決は、当時の顧問の暴行や暴言を「著しい精神的苦痛をもたらす虐待行為」とした。体罰を含む厳しい指導が生徒を死に追い込む「指導死」が注目されるきっかけにもなった。

桜宮高校ではいま、部活動を複数の顧問が見たり、練習時間や体罰の有無を生徒に尋ねるアンケートをとったりしているという。

大学生になった谷さんはブログを始めた。個人でも意見を発信できることに気付き、後輩について書こうと思った。2年前、桜宮高校のOBだと名乗り、当時の部活の様子や、優しかった後輩の人柄をつづった。

ブログを読んだ人たちから少しずつ声が届いた。体育教師を目指している人からは「体罰の残酷さを改めて認識できました」。同じく指導死の遺族からは「状況を知る方が内部のことを語ってくださるのは本当にありがたい」と寄せられた。

昨秋、その遺族に声をかけられ、指導死の遺族が集まる会で体験を語った。

「なんでみんな反抗しないんだろうと思っていたけど、(自分は)マイノリティー(少数者)だった。今も同級生に『あれ、おかしかったよね』と言うのって、相当勇気がいります」

たまたま桜宮高校にいただけの存在だと思っていたが、最近は当時の空気を知る立場から発信することの意味を感じている。「個々の力では何も

できない。いろんな人が集まって訴えないと解決しない」。いつか当時の部員とも、腹を割って話し合えたらと願っている。教職員組合などから講演の依頼も受けるようになった。

指導死をなくすには、学校が多様性を認める必要があると感じている。生徒にも教師にも一つの型を強制するからひずみが出る。嫌なものは「嫌だ」と言える学校の環境になってほしい、と。

体罰をある程度はやむを得ないと考えている人たちから「あの学校で強くなった」という声を聞くこともある。でも、こう考える。99%の人が成功したとしても、1%が命を落とすのは、教育とは言えない。

昨年12月23日、後輩が亡くなって5年の命日に遺族に初めて会った。谷さんは発信することで傷つけていないか不安だったが、「ありがとう」と言われ、ほっとした。部活で悩む息子と必死に向き合っていた両親の様子を聞き、また悔しさが募った。

父親(48)は取材に「本来なら遺族の私たちが活動したい気持ちはあるが、難しい。身近にいて、息子を見てくれていた先輩が語ってくれたのはすごくうれしい」と話した。(山本奈朱香)

 

追い詰めるのは暴力だけではない

教師の暴力や言葉の指導などで生徒が自殺に追い込まれる「指導死」。遺族らは再発防止を願って文部科学省への申し入れや啓発活動などを続けているが、指導死の正確な実態が分かる国の統計はなく、なくすための取り組みは十分とはいえない。

桜宮高校の事件を機に、「体罰」の名で行われる教師の暴力を容認しないという社会的な風潮は強まったようにみえる。だが、子どもの心を追い詰めるのは暴力だけではない。

教育評論家の武田さち子さんが新聞記事などで調べたところ、1989年以降、指導死とみられる自殺は64件あった。そのうち86%にあたる55件には暴力が絡んでいなかった。宿題提出や生徒会活動の準備の遅れを理由に厳しくしかられたり、誤った万引き記録に基づき「私立高に推薦できない」と告げられたり、ネットでの書き込みについて言い分に耳を傾けてもらえないまま削除させられたりと、さまざまな背景やきっかけがある。

どんな指導が子どもを死に追いやったのか、過去の事例を検証し、再発防止につなげる取り組みが必要だ。教育現場でも、教師の言動が子どもを死に追い詰めてしまうおそれがあることを直視すべきだ。子どもの言い分に耳を傾けているか、失敗を責めるような指導をしていないか、成長を考えた指導をしているか、教師一人ひとりが子どもと向き合う前に考えてほしい。=おわり(片山健志)

「悲しみと歩む」はこれで終わります。ご意見をasahi_forum@asahi.comか、03・5541・8259(ファクス)、または〒104・8011(所在地不要)

朝日新聞社オピニオン編集部「小さないのち」係にお寄せください。

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平成29年10月14日NHK大阪放送局
体罰受け後輩自殺 元部員語る

5年前、大阪市立桜宮高校で、バスケットボール部の男子生徒が顧問から体罰を受けたあと自殺した問題について、一緒にクラブ活動をしていた元部員の男性が東京都内で講演し、「教師は子どもに対し人としての尊厳を持って接してほしい」と呼びかけました。
講演会は、教師の指導や体罰がきっかけで子どもを亡くした親たちで作る「指導死親の会」という団体が、東京・港区で開いたシンポジウムの一環として行いました。
講演した谷豪紀さん(24)は、以前、桜宮高校のバスケットボール部に在籍し、平成24年に顧問の教師から体罰を受けて自殺した男子生徒の2年先輩でした。
谷さんによりますと、スポーツの強豪校だった桜宮高校では、当時、クラブ活動で、思うようなプレーができないといった理由で、平手打ちなどの体罰がたびたび行われていたということです。
当時は、生徒たちの間でも体罰は必要だという考えが多く、こうした学校の雰囲気に強い違和感を感じていたほか、優れた選手だった後輩の生徒が体罰を受けて自殺したと知り、非常に悔しく、怒りを覚えたということです。
谷さんはその上で「教師は子どもたちに対し人としての尊厳を持って接してほしい」と呼びかけました。
講演の後、谷さんは「今も体罰を受けている生徒たちは、甘んじて受け入れるのではなく、許されないものだから、ほかの大人に訴えてほしい」と話していました。
http://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20171014/4743001.html

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平成29年9月28日朝日新聞大阪版
大阪市、元顧問に賠償金の半額求め提訴へ 桜宮高自殺

 大阪市立桜宮高校バスケットボール部の男子生徒(当時17)が2012年に自殺した問題で、大阪市議会は27日、市が遺族に支払った損害賠償金など計8723万円の半額を、部の顧問だった男性教諭に支払いを求める訴訟を大阪地裁に起こす議案を可決した。
 バスケ部の主将だった男子生徒は12年12月に自殺した。元教諭は暴力をふるっていたなどとして懲戒免職となった。その後、遺族は市に損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こし、元教諭の暴行などが自殺の原因として約7500万円の支払いを命じる判決が確定。市が賠償金と遅延損害金を16年に支払っていた。

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平成28年12月23日朝日新聞デジタル

 大阪市立桜宮高校のバスケットボール部主将だった男子生徒(当時17)が、顧問(当時)から暴力を受けて自殺した事件から、23日で4年を迎える。学校現場で暴力根絶の取り組みが続くが、根絶には至っていない。

男子生徒の父親は「形ばかりの対策になっていないだろうか」と訴える。

 大阪市立桜宮高校(大阪市都島区)では19日、男子生徒の追悼集会が開かれた。在校生や保護者、卒業生ら約900人を前に、角芳美校長は「当時の状況を直接知る者が少数となった今こそ、痛ましい事案を風化させることなく、改革への強い決意を確認したい」とあいさつした。

 同校では事件後、毎日、校長と2人の教頭が交代で部活動を回り、異変を早期に見つける工夫を続ける。月に1度は部活動の顧問たちと管理職との意見交換の場も持つ。教職員を対象に怒りの感情を抑える「アンガーマネジメント」研修にも力を入れる。

 指導者を志す生徒も多いことから、1年生全員が地域の乳幼児と触れ合って生命の尊さを学ぶカリキュラムも、昨年度から続けている。

 大阪市教育委員会によると、2014年度、大阪市立学校の体罰・暴力行為は99件が報告された。桜宮の事件があった12年度の502件から5分の1に減ったが、根絶にはほど遠い。

 今年11月、市立中学の運動部の男性顧問が、複数の女子部員の足を蹴ったり髪の毛を引っ張ったりしたとして停職2カ月の懲戒処分を受けた。この教諭は前任校でも体罰を繰り返したとして14年に停職10日間の懲戒処分を受けていた。市教委の服務担当職員は「なんでまた繰り返されるのか。本当に残念。繰り返し理念や哲学を伝えていくしかない」と嘆く。

 市教委は桜宮高校の事件の翌年9月、部活動指導の指針をまとめ、「プレーヤーズファースト」の精神を打ち出した。

「生徒が主人公の部活動。勝利至上主義から生徒第一主義」「今日の結果より未来の成長」。指針には、こんな言葉が並ぶ。体罰を早期に把握して報告する態勢づくりの徹底を図るほか、懲戒処分の基準も厳しく見直した。

 角校長は「仕組みを改善しても、教職員一人ひとりが事件の教訓を我がことのように学ばないと意味がない。当事者として地道に訴え続けたい」と話す。

 桜宮高校の自殺した男子生徒の父親(47)は、朝日新聞の取材に「教育現場は息子の死から学んだ教訓を忘れてしまったのではないか」と投げかける。

 全国でも教職員による児童・生徒たちへの体罰や暴力行為が相次ぐ。文部科学省の調査では、全国で体罰をしたとして、14年度に懲戒免職や減給、訓告などの処分を受けた公立学校教員は952人。今月18日には、日本大学東北高校(福島県郡山市)が、相撲部の顧問とコーチが部員をゴム製ハンマーで殴るなどしていたと発表した。

 そんな中、父親は「特に大阪の状況は深刻だ」ととらえている。「息子の事件後、一部の教員が大阪市教委に『体罰をせずにどうやって問題のある子どもを指導するのか』と苦情を寄せたと聞く。生徒の個性や特性を見抜き、自信を持たせながら長所を伸ばす教育本来の姿が見失われていないか」

 体罰を繰り返して11月に処分された市立中学の男性顧問のケースなどを踏まえ、「再発防止の誓いや施策が現場に浸透していないのではないか。市教委はしっかり検証するべきだ」と改善を求めている。(小河雅臣)

 

 

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平成28年2月27日朝日新聞社説

高2自殺判決 生徒を追い詰めた暴力

 

2012年12月に大阪市立桜宮高校バスケットボール部2年の男子生徒(当時17)が自殺したのは、元顧問(50)の暴力が原因だとして、遺族が市に損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は市に約7500万円の支払いを命じる判決を言い渡した。

裁判長は「元顧問の暴行がなければ男子生徒は自殺しなかった」と因果関係を明確に認めた。

そして生徒が暴行を受けた後に無気力になる異変を元顧問が認識していたとも指摘、自殺を予見できたと認めた。

判決後、遺族は「息子のような子を二度と出したくない」と語った。

子どもへの暴力行為は、正当化する余地のない人権侵害だ。市教委はもちろん、教壇に立つ教員、学校関係者はこれを機に改めて心に刻んでほしい。

理解できないのは、事件後に「暴力が自殺の要因」と認めていた市が、裁判で一転して「主な原因は生徒自身の悩みや家族にあった」と主張したことだ。「賠償にあたり、元顧問以外の要素はないのか詰めなければならなかった」と説明する。だが、責任を家族に帰するような主張は遺族感情を傷つけた。

元顧問は13年、傷害と暴行の罪で有罪判決を受けたが、暴力と自殺の因果関係は争点にならなかった。

遺族は関東に移り住んでから因果関係などの認定を求めて訴訟を起こした。市はもっと遺族側に寄り添った対応はできなかっただろうか。

体罰は指導上やむを得ないという考えは、今も根強い。

文部科学省によると、14年度に体罰で処分された公立の小中高校などの教職員は952人で、前年度の約4分の1に減ってはいる。だが、ゼロと回答する県もあり、実態がどこまで把握できているか、疑問も残る。

兵庫県姫路市立中学校の教諭が、いじめを受けて骨折した生徒について「病院では階段から転んだことにしておけ」と別の教師に指示したとして、今月停職6カ月の懲戒処分を受けた。

ことを荒立てず、面倒を避けたい。そんな勝手な隠蔽体質が学校現場にあれば、子どもたちは救われない。

学校や教育委員会は、体罰は顕在化しにくいとの前提に立ち、被害の掘り起こしに努めるべきだ。

定期的なアンケートや、外部に相談窓口を設ける取り組みなどを広げたい。

暴力はもちろん、教師の暴言や不用意な一言も、子どもを傷つける。教師は自らの指導方法を常に省みてほしい。教師同士が互いの指導に意見を言い合える雰囲気作りも不可欠だ。

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